60. 勘違い女
アリスが来てたから色々とゴタゴタしていた……というよりもアリスによって色々と起こったこととその後処理も終わった。
皇太子マキシムと公爵令嬢マリーナは無事に結婚。次期王と王妃にふさわしい華やかな式とパレードを行った。
第二王子ユーリと伯爵令嬢キャリーは無事婚約及び金持ちにふさわしい豪華なお披露目も済ませた。現在キャリーは王子妃教育の為、王宮で暮らしている。
そして今日は第三王子ルカの婚約者であるルビーが王宮に引っ越してくる日だ。他の王子のお相手が全て王宮に揃っているのでルビーも入宮するべきだという大臣たちの意見だ。
「今日からよろしくお願い致します」
そう言って頭を下げるのはルビーだ。この場には王と王妃、側妃、王子とその妃と婚約者、あとルビーの実家であるナイジェル伯爵家と祖父である宰相がいる。
アリスはチラリと横にいる夫のブランクを見る。恋する乙女か!と言いたくなるほど一心にルビーを見つめ目を輝かせている。入室してきたときも、会話中も。
そして最後去りゆくルビーを切なげに見つめるブランク。ここまでストレートに感情を表す王族……いや人間も珍しいとある意味その純粋な心に感心するアリス。
時は過ぎ、今夜は王主催の夜会が催された。一応全ての王子が婚姻及び婚約したお祝いだが、ルビーが引っ越してきた日ということもあり彼女とルカの今後を祝してという認識の者が多い。
そして即座に騒動は起きた。
お互いを見つめ合うアリスとルビー。それは一瞬のことでルビーが即座に怯えるように目に涙をためてブルブルと震えながら軽く頭を垂れた。
「申し訳ありませんアリス様……!同じ色のドレスを着るなどなんという失礼なことを……」
二人は紫色のドレスを着ていた。
「構い「ああ……!お母様が婚姻発表に着たドレスにしなければこんなことにならなかったのに……!でもアリス様は水色のドレスを着るとおっしゃっていたような……ハッ」」
とアリスの言葉を遮りかっさらうルビー。最後にはわざとらしく口を抑える。
その言葉にまさかわざと嘘の情報を流したのかとざわつく周囲。そしてルビーの潤んだ目に言葉に刺激された正義感の強い女性、キャリーが進み出る。
「アリス様は心の広い方……そんなことで怒らないから大丈夫ですよ」
ルビーの肩に手を置き慰めるキャリー。
「それに今日はルビー様が来られた日。今日の主役はルビー様です。誰かに気を使う必要はございません。それに今日という素晴らしい日に御母上のドレスを身に纏うとはなんという素晴らしい心をお持ちなんでしょうか」
二人に近づく二人の女性。ルビーの取り巻きだ。
「ルビー様、ひとまずこちらをお飲みになって落ち着いてください」
彼女はルビーに赤ワインの入ったグラスを差し出そうとしてふらついた。その拍子にアリスが身に纏うドレスに中身がかかった。
「なんということを!申し訳ございません!」
即座に低く頭を下げる令嬢。その口元が笑みの形を彩っているのに気づいたのは何人か……。
「アリス様風邪でも召したら大変です。早くお召し替えを」
そういうキャリーの声には安堵と喜びの音色が含まれているよう。これでルビーは着替える必要がなくなったからだ。
「ああなんということでしょう……」
ブルブルと更に激しく震えるルビー。その姿はまるでアリスに虐められたかのよう。別に何もしていないのだが。ざわつくホール。
「皆様方、私が至らないばかりにこのような騒ぎになり失礼いたしました。この後陛下並びに王妃様がご登場されます。お二方を煩わせたくございませんので私は一旦下がらせていただきます」
見事なカーテシーをして去っていくアリス。
その後着替えて何事もなかったように過ごすが、彼女を見てコソコソ話す者が多いこと。悪女というイメージを持った者が多いようだ。
微妙な空気の中、王の言葉で閉会したパーティ。
そして、再び翌日の夜に問題は起きた。
王宮の食堂、今ここにいるのは王族と王子の妃・婚約者とその家族だった。王が皆親戚になるのだからと取り計らったのだ。和やかにディナーは進み、最後にデザートを頂いて皆がゆるりと寛いでいる時間にルビーが切り出した。
「私本当にとても嬉しいです。このように将来の家族と一緒に食事ができるなど。それにお義姉様方のご家族ともご一緒できるなど……私もこのダイラス国を動かしていく大きな大きな家族の一員になるのですね。我が国の更なる発展に貢献できるように身を引き締めて努めていきたいと思います」
ルビーの言葉にうんうんと微笑ましそうに頷くのは主に男衆(一部例外あり)とキャリーと使用人。特にブランクは感動で目が潤み、首がちぎれんばかりに頷いている。
「あっ…………」
ルビーのしまったという声にビクリと反応したのは王妃だった。嫌な予感がする。昨日のことを聞いたときからまた何かアリスに難癖つけるんじゃないかと先程からビクビクしていたのだ。
「あの……アリス様申し訳ございません」
「?」
アリスの不思議そうな顔にうるうると目を潤ませるルビー。
「アリス様のご家族はここにいないのに無神経でした……。お見えにならなくて残念でしたね……」
それはどういう意味か。普通に考えてこのダイラス国のメンバーの中に他国のカサバイン家がいてはおかしいだろう。むしろダイラス国王家をも凌ぐ力を持つカサバイン家の者と食事ができるのは王と王妃、側妃、王子ぐらいだ。伯爵家ごときと朝食をともにするなどあり得ない。
公爵と宰相だって恐らく食事の場に呼ばれないだろう。それだけ格上の相手なのだ。
それにそもそも残念も何も呼んでいない。彼女の言い方ではまるで呼んだのに来なかったかのよう。使用人たちの目が語る……やはり蔑ろにされている末娘なのかと。
「我が家族は忙しいので……」
やんわりと角が立たないようにスルーさせようとしたアリスに声を張り上げるルビー。
「アリス様……それは不敬ですわ……。一国の王がいらっしゃるのですよ。公爵家の者の方が忙しいとでもおっしゃるのですか……?王だけではありません。ここにいる皆さんだって忙しい方たちばかり……でも皆家族の為に集まっているのに」
婚約者の分際でアリスに物申すこと自体不敬である。が、無礼なアリスを嗜めるできる人間を演出している。それにお前は家族に思われていないというようにも取れる。
「皆さん家族に思われて羨ましいですわ……」
口元を布巾で抑えてぷるぷると震えるアリス。
「そんなこと……。普通のことですわ。ねえマリーナ様」
言葉とは裏腹に嬉しそうに口元のニヤつきが止められない様子。アリスの様子からダメージを与えられたと勘違いしているよう。マリーナは困り顔だ。そもそもマリーナは公爵が好きではない。家族の話題をふるならキャリーにすべきだったのにアリスを貶めることに夢中でうまく頭が回らなかったよう。
ヤバイ、面白すぎる。仕掛けてるくせに色々と穴がある。本人は気づいていないし、周りもなんでこんなのに同調するのか。まあ同調するやつも単純でアホっぽい人、間違った正義感を振りかざしている人だけだが。世の中意外とそういう者が多いから彼女みたいな者がのさばるのだろう。
この手のタイプは敵も多いのだ。が、それに気付かないし、勝手に自分にいいように勘違いしていく。
めちゃくちゃ面白い。面白すぎる。
本当に本当に。
彼女は嘲笑いが止まらなかった。
いや、もはや普通に声を上げて笑いそうだった。




