58. 退治完了
辺境伯一家は屋敷の前から山で繰り広げられる戦いを呆然と見ていた。彼らの視線の先にはどんどん削られ、抉られていく山と猛スピードでその上を飛び回る紫色のドラゴン、そして山とその上空を覆う薄い膜があった。
ドラゴンが吐く炎やら毒が膜にあたって跳ね返る。一つも膜の外に攻撃が漏れることはない。
「旦那様、領民は皆家の中に入ったようです」
「ああわかった」
返事をしつつ目は戦いに釘付けだった。
ここからではアリスたち3人の姿は見えない。距離があるからか……ドラゴンの絶え間ない攻撃のせいか……。だが結界が張られている以上アリスが無事であることは間違いない。
「こんなことを言ってはいけませんが……本当に同じ人間なのか……と疑ってしまいます」
自分だったらあんな場所にいたら即あの世行きだろう。あんな巨大なドラゴン、猛攻撃に耐えるなど……化物同士でないと無理だと思ってしまう。
「そうだな言うべきではない。彼女たちの目的はわからないが彼女たちがやっていることは私達や領民を守っていることなのだ」
だがそう言いたくなる気持ちもわかる。有り難いとも思うし、ドラゴンを倒してくれと心から願っている、だがどこかでこんな化物相手に戦う彼女たちに畏怖する心もある。
キャッキャキャッキャ……妻の胸に抱かれた我が子が笑う。その頬を優しく撫でる。すっと山の方に視線を戻すとドラゴンの首が飛び、身体も地面に落ちていく。
「終わったようだな……」
とりあえず安堵の息を吐くと目の前に3人が現れた。
「思ったより時間がかかったわね」
「ドラゴン相手に数分で勝てるなんて十分だと思いますよ」
「たった一頭しかいなかったわ」
そんな何頭もいてたまるものか。イリスとフランクは顔がひきつる。
「アリス様」
「辺境伯」
「この度はドラゴンを討伐していただき誠にありがとうございました。アリス様がいらっしゃらなければ我が領は全てが無に帰していたでしょう。アリス様は我らの恩人でございます。なんなりとお命じください」
辺境伯夫妻、お付の者たち、そして領民が頭を下げる。
「流石辺境伯。口約束でもしっかり守ってくださるのね」
「当然のことでは?」
「当然のことができない者が多いのはおわかりでしょう」
辺境伯は確かにと薄く笑う。とりあえず人目が多いので執務室に移動する。
「で、お願いしたいことなんですが」
「はい」
「夫人のご実家にドラゴンが現れたとこれに書いて送ってほしいのです。あと、あそこの山にドラゴンを浮かべたいのですが宜しいでしょうか?」
「は?そんなことでよろしいのですか?それにこれを私が使って良いのですか?お値段が……」
アリスがいう“これ”は高級魔道具。瞬時に相手に送ることができる手紙だ。非常にお高いうえに、そもそも数も少なく手に入らない。
「ああ大丈夫です。それはジャック兄様の執務机からとったものなので。結局勝手に持ってったことがバレてかなり怒られたのですが駄々をこねて勝ち取った戦利品だからただですよただ」
何が大丈夫なのかよくわからないし、非常に使いづらい。とはいうもののお願いがこれなのだから書くしかない。
「流石辺境伯、震えている感じが恐怖心を感じさせてナイスなできだわ」
震えたのは書き損じでもしたらという恐怖から。アリスが満足そうなので結果オーライだと思おう。
「伯爵家に何かをお求めですか?」
「伯爵がキャリー様を妃にするのを反対しているから、魔物退治と引き換えに寄越せって脅そうと思って。ユーリ王子と両想いだし王室も金持ち娘はウェルカムなんだからさっさと嫁に出せば良いのにねぇ」
「なんとも言い難いですが……。あっじゃあドラゴンを浮かすのは……」
「もしかして何か魔道具とかで現場が見られたり、使いが見に来たときにドラゴンがいないとおかしいでしょ」
いや、動かない時点でおかしいと思われると思うが……。まあ本人が良いと思うのなら良いか。
そしてよーく見ると首に斬った跡があるドラゴンが山の上空に浮かんだ。
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「こんな感じですね」
「なっ…………騙したのですか!「やめよ」」
次期伯爵が吠えるのを静止する伯爵。
「我らより一枚上手だっただけのこと」
私欲のためにごちゃごちゃと手をこまねいた自分たち。
確かに人命を取引の材料にはしたが自分が持つカードをうまく利用するのは当たり前のこと。
第一に人命を守り、且つ自分の得たいものまで手に入れる手腕……人としても頭のできもアリスのほうが上。それに
「大物と話をつけるのもとてもお上手なようですね?」
伯爵の嫌味に愉しそうに嘲笑うアリス。
「ええ……公爵様や魔物討伐協会の会長には快く協力していただけました」
アリスは思い返す。
『ドラゴン?もう倒したのですか?…………ああいつもの隠蔽工作ですな。………違うのですか?よくわかりませんが伯爵が訪ねてきたら時間稼ぎをすればよいのですな。……それにしてもアリス殿は実績を隠蔽したり、手柄を隠したりと不思議なことを好みますなあ』
魔物討伐協会の会長とは幼い頃からの仲である。私兵を持たない者が魔物を発見した場合は協会に報告し、討伐依頼することになっている。伯爵は必要がある際には協会を利用していたのを知っていたので今回も頼るだろうと先回りしておいたのだ。
もう片方は……
『公爵~』
『アリス様……よく私の前に姿を現すことができますね』
『公爵にお願いがあるのです』
『アリス様……よく私にお願いできますね』
『辺境伯領に現れたドラゴンを退治したのですが、ある方たちにはまだ討伐していないことにしてほしいのです』
『アリス様……私の話、聞こえてますか?まあ良いですが……。次のターゲットはキャリー嬢の家ですか』
『あら、よくおわかりになりましたね』
『公爵と大臣の地位を守り続けられるくらいの頭はあると自負しております』
『ではご協力頂けるわね?』
『嫌だと言いたいところですが、あなたとは仲良くした方が良いことはよ~~~~~くわかっております。それに次世代の王子が金持ちの家と繋がるのは国にとっても良いことですから』
そう言って伯爵が王宮に助けを求めて来たときの対応係になってくれた。
それにしてもあのときの最後の公爵の顔はなかなか良かった。とてもゲスかった。変態的なところもあるが国思いの御仁。なぜ妾の子たちを妃になどと傍迷惑な思考に陥ったのか……。あれが親ばかパワーというものなのか。妾への愛というものなのか……。
まあ今となってはどうでも良いことだ。




