57. ドラゴン退治
ドラゴンが現れるちょっと前のこと。辺境伯領にて辺境伯は愛しい若妻と愛娘に見送られて出かけるところだった。ちなみに二人は年齢差12歳、政略結婚だったが夫婦仲は良い。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
辺境伯の言葉に笑顔で答える夫人。愛娘はキャッキャと夫人の腕の中で手足をモゾモゾと動かしている。天気も晴れやか、この幸福な家族を温かい目で見つめる使用人たち。
「No行ってらっしゃいです。どこへ行くのですか?どこかへ行っている場合ではありません」
家族の和やかな時間は突如現れた二人の女性と一人の男性によって壊された。夫人は娘をぎゅっと抱きしめた。辺境伯は一瞬驚いたもののすぐに力を抜いた。
「これはアリス嬢……いやもう王子妃でしたね。アリス様お久しぶりでございます」
王子妃……アリス……。夫人はあっと小さく声を上げると慌てて頭を下げる。
「おやめください。私達は親戚ではないですか」
ブランクとメアリーは従兄妹だ。だからアリスとメアリーも親戚であると言える。
「恐れ多いお言葉にございます」
メアリーは顔を上げるとチラリとアリスを見る。
噂では無能だとか嫌われ者だと言われているが、とても綺麗な女性。こんな綺麗な人を夫がどんな目で見ているか気になってチラリと夫を見て目を見張る。
表情は笑顔なのに尋常じゃない汗をかいている。
ここはガルベラ王国と接している領地。凄まじい表情で逃げてくる魔物を追いかけているアリスと出会ったことが何度かある。ちなみにコイツハヤバイと思ったのは、7歳のアリスがぶった斬った魔物の血を浴びて立ち尽くす辺境伯に失礼の一言だけ発し去っていったとき。
「それでアリス様……一体何しにこちらに?あなたと会うときにはあまり良い思い出がないのですが」
それでこんな表情を。メアリーが心の中で納得していると
アリスの表情が鋭いものに変わった。
「来る……」
アリスが呟いた数秒後に地面が揺れる。地震……!?かなり大きい。娘を強く強く守るように抱きしめるメアリー。辺境伯は揺れの正体に気づく。
「まさか……魔物ですか?」
一体どんな魔物が……?辺境伯は目を見開き彼の背後の山を見る妻に気づく。ばっと振り返った彼が見たものは……
「ドラゴン……」
魔物の中でも最強と言われるドラゴン。ドラゴンが山の上で火を吐きながら飛んでいる。一瞬呆然としかけたがそんな場合ではない。これか、とアリスに視線を向ける。
「あれを倒した暁にやって欲しいことがあるのです。やっていただけますか?」
何かはわからないが頷く以外の選択肢はない。辺境伯領にいる騎士や魔法使いでは対処できない。国や他貴族、魔物討伐協会に連絡しても退治できるかわからない上にいつ来るかもわからない。何よりも目の前にいる彼女の言葉に頷きさえすればほぼ確実に討伐してくれるはず。
「承知いたしました。お約束いたします」
「契約成立です」
アリスの言葉と同時に消える3人。
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「やっぱりドラゴンは迫力が違いますね」
ドラゴンが目の前にいるというのにあまり緊張感のないフランク。
「そうね……まあ普通にでかいわよね」
こちらはアリス。もはや緊張感皆無のご様子。
「それでどうしますか?」
イリスは早く済ませたい。
「性悪女退治のためにドラゴンの素材をゲットしたいのよね。だから極力傷つけず、首を切り落としましょう」
魔物の身体や血は武器や薬になる。特にドラゴンなどのレアな魔物の素材は高値で取引される。3人に気づいたドラゴンがボンっと毒のブレスを吐く。飛び退き避ける。避けたあとには毒の沼ができている。
「火を吹いたり、毒を吐いたり多芸ね~」
「火を吹く芸は人間でも見たことありますけど、毒はなかなかないですよね」
「そんなこと言ってる場合ではありません。これ当たったらヤバいですよ」
「だったら必死に避けるしか無いわね」
3人は呑気に会話しているが身体はせっせかせっせかとドラゴンのブレスを避けている。イリスが急に止まりドラゴンに向けて魔法で作った矢を放つ。ごうごうと燃える炎の矢は硬い鱗に跳ね返された。
「「そりゃ、そうでしょ」」
あんな硬そうな鱗に効くわけがない。
「じゃあお二人がさっさと効果のある攻撃してくださいよ!」
さっきからずっとドラゴンは火やら毒やらを連続して吐いており、こちらも休む暇が無い。
「隙がないわね~。まあいいわ。私が拘束するから首斬っちゃってフランク」
「アリス様が斬ったほうが確実では?」
「いや山に結界張ってるから魔力にそんなに余力が無いわ。それにフランクの方が切り口がきれいだわ」
たぶんそんなことはないと思うが……。アリスが先程から山に結界を張って山以外に被害が及ばないようにしているのは事実だった。
アリスは避け続けながらドラゴンに向かって手をかざす。光の鎖が何本も地面から出現して、ドラゴンの身体の自由を奪う。が、バタバタと抜け出そうともがく力が強すぎて何本も千切れて消えた。
「あらヤダ」
そう言いつつ余裕綽々の様子のアリスにゲッと嫌そうな顔をするイリス。
「大丈夫です。いけます」
フランクが暴れるドラゴンの上に降り立つと、持っていた剣に魔力を込める。光り輝く剣がザンッとドラゴンの首に振り下ろされた。
「お見事」
「流石です。というか、私いらなかったですね」
特に何もせず逃げ回っていただけ。
「そんなことないわ。今回はうまくいったけど、結界が破られたり、攻撃が通じなかったりしたらあなたの強化魔法が必要になったわ。それよりも…………」
アリスはイリスの右腕に向かって手を伸ばす。ッと小さい声を上げるイリス。先程の戦いでつけられた火傷の跡が消えている。
「すみません。まだまだ足手まといのようです」
アリスは笑う。イリスは侍女だ。フランクのように騎士ではない。だからこの場にこなくても構わないのだ。だが彼女は必ず同行する。
何故か?ーーー侍女だからだそうだ。侍女は主人を守るものらしい。まるで護衛のようだが、彼女はアリスの侍女になってから魔法と剣術の教えをアリスとフランクに乞うた。傷ついても、どれだけ重症を負っても彼女は二人がいく戦場についてきた。
今ではドラゴンの攻撃を避けることができるほどにまでなった。
彼女は生まれ持った能力が高かった。だが、今身についているのは彼女の努力の賜物だ。アリスはそんな彼女が自分の侍女で誇らしい。
アリスはドラゴンを突ついているイリスを見る。イリス……とても強くなったわ。もはや人から見れば化物並みの魔法騎士と言えるほどに。
でもねイリス……普通の女の子は亡くなったドラゴンを突付いて、いくらになるかなど考えないのよ。それにそんなゴリゴリに強くなってしまって……
イリス……あなたはきっと、
嫁にいけないでしょうね。




