56. いざ辺境伯領へ
「「………………!」」
驚きのあまり声が出ない伯爵家の親子。つい一瞬前まで伯爵の執務室にいたのに、今はどこか別の屋敷の執務室にいる。いや、どこかではない。ここには何度も来たことがある。なぜここに、とボケーとしているとバタバタとこちらに近づいてくる足音。
「義祖父様、義父上」
バンッと扉が開くと同時に声をかけてきたのは執務室の主にして次期伯爵の義息子である辺境伯だった。無事で良かったと安堵したのも束の間、すぐに冷や汗が出る。断りもなく勝手に執務室にいることに気づいたからだ。いくら義親子といえども勝手に屋敷にしかも執務室に入るなどあってはならない。
「あっ……えっと……これは魔法で…………」
どう言おうか考えていると再びバンッと扉が開き、再び誰かが駆け込んできた。
「お祖父様!お父様!」
伯爵親子の目の前に現れたのはキャリーの姉、メアリーだった。そしてその腕には可愛い赤ちゃんが収まっている。
「皆無事だったか……!」
「お父様!」
次期伯爵が安堵したのか腰が抜けてへなへなと座り込む。伯爵ははっとすると辺境伯に声を掛ける。悠長にしている場合ではない。
「それで今の状況はどうなんだね?アリス様を連れてきたんだ。知っているだろうカサバイン家から嫁いできたアリス様だ。彼女がきっとどうにかしてくださる」
「あのっ、義祖父様……」
軽い興奮状態にある伯爵に何かを言いたげな辺境伯。
「ドラゴンはどこにいるんだ?」
そう言いながら確認するため窓に近づく伯爵。伯爵の言葉に次期伯爵も慌てて窓に駆け寄る。
「「!!!」」
彼らの目の前に現れたのは煙が登り立つ山の上にいる紫色のドラゴンだ。山まである程度の距離があるものの今にもブレスを吐き出さんと大きな口を開けているのがはっきりわかる。もう既に何度も吐いたのだろう。山はかなり崩れている。
「「アッアリス様!」」
仲良くアリスの名を呼ぶ親子。
「あのっ、お祖父様……」
夫の言葉をスルーした祖父に何か言いたげなメアリー。
「今にも何かを吐きそうですぞ!このままでは大きな被害が……!………………?」
いやちょっと待て、何かがおかしい。ドラゴンが現れてから数時間が経っている。それなのになんだこの落ち着きようは?領内も荒れている様子はない。領民も外に出てのんびりと山の上に浮かぶドラゴンを見上げている。
「父上、先程からあのドラゴン一切動いていません」
ばっとアリスを見る伯爵親子。アリスは首をすくめた後、少しだけ顎を上げる。そしてハッと息を吐きながら言う。
「魔物……しかもドラゴンが現れたというのにあんなに悠長に話をしているわけないじゃないですか」
「「は!?」」
もしかして既に討伐した後なのか?
ではなぜ山の上にドラゴンが浮かんでいるんだ?
辺境伯からなぜ連絡がこなかった?
ドラゴンの出現……国の存亡の危機。なのになぜ国が動いてる様子がない?
?????頭の中がごちゃごちゃだった。
「あの……義祖父様。その……すみません」
辺境伯が申し訳無さそうに声をかけてきた。
「もしかして……騙したのか?」
伯爵の冷たい怒気を含んだ視線に晒されて、慌てて首を横に振る辺境伯。
「あら、伯爵あそこにいるドラゴンが見えないのですか?」
そんな辺境伯とは正反対にアリスがからかうようにニタニタと笑いながら声をかけてくるが無視だ。このままでは夫がもっと責められてしまうと悟ったメアリーが慌てて祖父と父親の前に進み出る。
「お祖父様にお父様、ドラゴンが現れたのは本当なのよ。本当に大変なことになるところだったのよ!あれは、お祖父様に手紙を送る少し前のことだったわ」
メアリーから語られる数時間前の出来事に二人は開いた口が塞がらなかったーーーーー。




