42. 公爵邸
公爵家の客間にて。娘を呼びに行くよう指示した公爵とアリスは向かい合って座る。
「公爵、これを」
アリスが右手の指をパチンと鳴らして現れたのは、見目麗しい焼き菓子だ。テーブルに所狭しと置かれている。
「急にお邪魔するのに手ぶらではと思いまして、用意いたしました。ガルベラ王国の有名店のお菓子ですのよ。姉が用意してくれたのでこちらに移動させました」
センスが良い姉のリリアに頼んだもの。朝早くから買いに行ってくれたリリアの侍女には感謝だ。
「……ありがとうございます。とても美しいものばかりですね。娘たちもきっと喜ぶことでしょう」
言葉とは裏腹に冷や汗が出るのを感じる公爵。瞬間移動……初めて見る超級の高等魔法。入室してきた執事が耳打ちする。
「どうやら全員集まったようです。紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
コクリと頷く。アリスの許可を得て入室してくる女性たち15名。その中で一際目を引くものが二人。
一人はマリーナ、金髪に金の瞳で顔の造作は美しいものの他の娘たちと大差ない。しかし、やはり王太子妃教育を受けているだけあって立ち居振る舞いが飛び抜けて優雅で美しい。
もう一人は黒髪に金の瞳のスラッとしながらメリハリのある身体つきの女性。なぜ目を引いたか……それは瞳だ。こちらを鋭く睨みつける力強い瞳。
「アリス様。既にご存知かと思いますが、うちではマリーナを皇太子妃にこちらの5人を側妃に、こちらの3人をユーリ様の妃にできたらと考えております。なので、こちらの9人と交流を深めると良いと思います。それでは男の私がいては話もしづらいかと思いますので失礼させていただきます」
「お気遣いありがとう。ご機嫌よう」
公爵がいなくなった後近づいてきたのはマリーナだ。
「この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。宜しければ名前で呼んでも宜しいでしょうか?私のことも名前で呼んでください」
「はい、喜んで」
「マリーナ様は皇太子妃教育をなさっているだけあってとても優雅な動きですね。私はがさつなので羨ましいですわ」
…………………………
その後もマリーナとアリスの会話が続く。愛人の娘たちは嬉しそうに焼き菓子を食べるものの会話に入ろうとはしない。少し話をふっても一言二言答えておしまい。会話を続けようという気配がない。
「マリーナ様、宜しければ今日はこちらに泊まっても宜しいでしょうか?」
「構いませんと言いたいところですが、なんの準備もしておりませんし。何かございましたら……」
「お気遣いなく、お泊りグッズは持ってきております。お義姉様となられる方と仲良くなりたくて来たのです。お泊りといえば仲を深めるビッグイベント。それに護衛の心配は不要ですわ。自分で対処できるので」
「はあ」
と言いつつ、侍女に視線を投げかけるマリーナ。侍女が廊下に出ていく。その後も他愛ない話を続けると侍女が戻ってきて耳打ちをする。
「アリス様、部屋の準備ができましたのでご案内いたします」
「ありがとうございます。では皆様もご機嫌よう」
優雅なカーテシーを披露して客間を出るアリス。アリスはちらりと一人の人物に目をやる。視線が交わる。お茶会の間ずっと刺すような視線を向けてきたのは黒髪の目力の強い女性。アリスが先に視線を逸らす中まだ向けられる視線に口角が上がる。
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「なんか感じ悪かったですね。全然会話をする気もないし、姉妹で話してばかり、殆ど存在無視でしたよ。マリーナ様は穏やかでアリス様と正反対という感じでしたけど。公爵家の愛人の娘さんたちはアリス様のこと下に見てるんじゃないですか?」
案内された客室にてシャワー後のアリスの髪の毛を漉きながらイリスがグチグチ喋る。
「イリスにはそう見えた?」
「はい。皆さん愛人の娘さんとはいえ公爵が認めた公爵令嬢。高位貴族として嫌な噂がある娘とは付き合わないという意思表示かと思いました」
ふーんというアリスにこれが答えではないと察するイリス。なんだと考えているときにふと気がつく。
「……なんか………………気持ち悪い」
「お手洗いに行ってらっしゃい」
「違います。令嬢たち……いえ、あれは彼女たちじゃありませんでした。部屋に漂う空気がなんというのか……ベタベタしていて気持ち悪かったです」
パチパチと拍手する音がした。どうやらこちらが答えて欲しかったことのよう。でも、あの空気はなんだったのか。先程は無視とは言ったがよく思い返してみるとあれは人を虐げる空気感ではない。アリスをちらりと見るもニヤニヤしているだけ。
アリスにはお見通しのようだが、答える気はなさそうだ。
「イリス、深夜になったら一人で出かけるから。先に休んでいてね」
「畏まりました」
アリスは窓から空を見上げる。
月も星も雲に隠れて見えない。今日の空は雲によってどんよりとしている。
「この家とそっくり」
アリスは小さく呟いた。




