40. 旦那様はうざい男
「それじゃあよろしくね」
笑みを浮かべて言う王妃。
「とても良い笑みですね王妃様」
「頭を悩ませていた問題が解決されるかと思うと嬉しくて当然でしょう?」
ニコニコ。ニヤッ。
「……嫁イビリができそうで嬉しいのかと思いますが」
「あらっ。もちろんそれもあるわ」
あっさり認める王妃に意外そうな表情を見せるアリス。
「子供が運命の相手を見つけて添い遂げる……幸せならそれで良い。そうねその通りよ。だけどそれはそれ、お嫁さんが気に食わない気持ちがあるのも事実よ。あなたにもわからないことがあるのね」
今までで一番良い笑みを浮かべる王妃にアリスは淡々と答える。
「若いですからね」
王妃様と違って、そんなこと言われてないのに聞こえてくるのはなぜだろう。
それから1週間後。
「本当に良いのか?」
王がアリスの顔色を伺う。
「ええ、構いません。ブランク様は第四子、王妃様からお生まれになった兄君たちを差し置いて華々しい結婚式など不要です。さあ、私はサインしましたのでブランク様もさっさと書いてください」
ブランクに差し出されたのは婚姻誓約書だ。これにお互いサインをし玉璽が押されれば夫婦となる。ペンを取ったにも関わらずサインをしないブランク。母親のザラの顔色が青ざめていく。
「ブランク……」
懇願するような声がザラの口から発されるが、聞こえているのか疑わしい。
「ブランク」
王妃の穏やかな声にビクッとする身体。
「どうかしたの?何か言いたいことがあれば言って頂戴。私達は家族なのだから遠慮することはないわ」
ブランクは一瞬ぐっと口を噛み締める。おっ……嫌だと言うのかしら。アリスはちょっとワクワクしてしまった。
「いいえ、何でもございません」
結局サインする。が、その字は微かに震えている。言わないんかい!だったらさっさとサインすれば良いのに。つまらない。王が玉璽を押す。
「これで二人は夫婦だ。仲良くな。アリス、これでそなたは私の義娘であり、ダイラス国の一員だ。そなたがカサバイン家の者としての立場を優先することは了承している。しかし、ダイラス国の更なる発展にも力を貸して欲しい」
「微力ながらお力添えできたらと思っております」
…………アリスよ。どこを見て言っておる。
彼女の視線の先には今日もにこやかな王妃がいる。
「微力などと謙遜しなくても……あなたならやれると信じております」
バチッと両者の交わる視線に火花が見える。何があったのかこの前の話し合いの後から急に息のあった行動をするようになったような気がする……?バッとアリスの視線が急に王に向いた。思わずビクーッとなる王。
「陛下……」
哀れみを帯びた声音で呼ぶでない王妃。
「陛下、これで私も王家の一員。ということで兄君の婚約者様方にご挨拶に伺ってきてもよろしいでしょうか?遠からず家族となる方々と仲良くなりたいのです。まずはマキシムお義兄様の婚約者マリーナ様のもとへ伺いたいと思います」
「?挨拶なら王宮に呼べばよいではないか。王家の者がわざわざ臣下の家に赴く必要はない「陛下」」
王の言葉が終わると同時に声を発したのは王妃。
「アリスは王宮以外にはまだ足を踏み入れておりません。他の場所へ赴くのも良い気晴らしとなりましょう」
いやいや、女癖の悪い公爵がいる公爵邸に行くのが気晴らしになるものなのか?王も公爵の女癖の悪さは知っている。陛下は頭を捻るが、王妃があまりにも穏やかに微笑んでいるので怖くて聞けない。
「陛下」
「なんだいアリス」
「私は行きたいと言っております」
「!?」
「陛下」
「王妃?」
「私は行かせたいと言っております」
「!!?」
二人の強烈な視線が王に突き刺さる。
「……そうだな。アリスにも友達が必要だろう。公爵家にはたくさんの若い女性がいるからな。行ってくると良い」
「「ありがとうこざいます」」
二人の目がきらりと光る。まさにその若い女性たちに会いに行くのが狙いだ。解散となり皆散り散りとなる。
「アリス……殿」
呼び止めたのはブランクだ
「アリスで結構ですよ、殿下」
「そうか。ではアリス……俺はこの結婚をしたくなかった」
先程そう言えば良かったのに、ヘタレが何を言いに来たのか。
「たぶん、あなたに恋心を抱くことはないと思う。でも家族として仲良くしていけたらと思う」
貴族の政略結婚は当たり前。恋心がなくてもうまくやっていく夫婦はいくらでもいる。むしろやっていかなくてはいけないのだ。いちいちそんなことを言ってくるとは……彼は仲良くする気など無いに等しいことが伝わってくる。彼が本当に言いたいことはお前を愛することはないということだろう。いちいちうざい男。
「うまくやっていけるかはあなた次第でしょうね」
ニコリと言われた言葉に一瞬理解が追いつかないブランク。みるみる顔が怒りで赤くなる。口だけ野郎。お前の心の中に仲良くする気などないことはお見通しだ……というアリスの気持ちが伝わったよう。
「なっ……!無礼な」
所詮この男はこの程度。使用人には言い返せないが蔑まれていると噂される娘には強く出れるのだ。何も言わず見返していると再びブランクが口を開こうとする。
「アリス」
王妃の言葉にブランクの口が閉じかけ、王妃様と呟く。ブランクの方は見もせず、アリスに向き合う王妃。
「頼みましたよ」
その顔は毅然として王妃としての貫禄がある。
「承知いたしました」
スッと見事なカーテシーを披露するアリス。すっと顔を上げる。
「ですが、とても楽しそうですね王妃様」
王妃はいつもの穏やかな微笑みを浮かべる。
「あら、バレた?」
二人のわけのわからない会話にブランクは呆然とするのだった。




