38. 母娘同盟①
「賢いあなたなら私が何を話したいかわかるわよね?」
「嫁の心得でしょうか」
「………………。まあ、違うとも言えないかもしれないわね」
「そんな冷たい目をしないでください、王妃様」
肩を竦めたあと、カップにゆっくりと口をつけるアリス。王妃も口をつける。そして同時にコトンっと音を立ててソーサーに戻す。マナー違反だが誰も微動だにしない。二人の視線が再び交わり、アリスの口角が綺麗に上がった。
「私は王妃になるつもりはありません。王妃様の大切な王子様方から王位を奪う真似はしないと誓いましょう」
「その言葉を信じます」
「あら、信じるのですか?」
即座に返された言葉に愉しげに笑うアリス。
「そもそもあなた王妃とか興味ないでしょう?面倒なこと嫌いそうだもの。それに、ブランクよりも我が子達のほうが王にふさわしい子ばかり。それに気づかないわけ無いわ。あなたが王妃になりたかったらどんな手を使っても我が子達の誰か……いえ、王にするべき人間に嫁いだはず」
「確かにブランク様は王の器ではありませんね」
「夫になる人間が侮辱されても平気なタイプなのね」
「王の器であることが褒め言葉で、王の器でないことが侮辱になるのですか?彼には正統且つ優秀な兄君が3 人もいらっしゃるのですから不要では?むしろ器であった方が彼には不幸なことだったと思いますよ」
いくら器があろうとブランクが王になる可能性はほぼない。だからこそなくて良いのだ。
「王家の子として生まれたからには、器であると言われることは大事だと思っていたけれど……確かにそうね」
それに王になること=幸せになることではない。
「こんなことで時間をもらってごめんなさいね。あなたの口から直接聞きたかったの。意地が悪そうだけど嘘はつかなさそうだと思ったから」
「王妃様とは違いますので」
「あれは途中で言葉をやめると皆が勝手に勘違いしてくれるだけよ」
「………………」
同じでは?と言いかけてアリスはクスリと笑う。
「確かに言ったと言わないでは違いますね」
王妃もクスリと笑う。勘違いや忖度は相手の責任。王宮とはそういうところだ。
「私の可愛い息子たちの邪魔にならないと確信したからには私とあなたが敵対することはないわ。勝てる気もしないし。というわけで私達はもう仲間よね。あら間違えた、母娘よね。というわけでお母様のお願いを聞いてちょうだい」
「心が厚かましいと年を取ったときに化粧も厚くなりますよ」
「初めて聞いたわ」
「今適当に言いましたから」
室内が沈黙に陥る。
「冗談ですよ冗談」
「………………」
「で、本題の話ですが王子様方の婚約者たちのことですよね?」
「知っていたのね」
「ええ、なんとも面白そうだと思って。いや間違えた。これから王妃様も大変だろうなと思いまして」
「はっきりと言っておいて間違えたはないわ」
「失礼いたしました。思わずポロッと。でも大変そうだと思ったのも事実です」
ニヤニヤしながら何を言う。王妃はハーとため息を吐く。
今ダイラス国の3人の王子にはそれぞれお相手がいる。
長男マキシムの婚約者は公爵令嬢のマリーナ・ブレッツェル。金の瞳と髪を持つ美女20歳。王家の血をひく由緒正しき姫様。マナーも完璧、性格も穏やかで優しい。癒やし系。
「マリーナ様はお父様が問題なんですよね?お母様」
「そうなのよ。…………!?」
なぜ知ってるこの小娘。
「女癖の悪い男って嫌ですよね~お母様。マリーナ様も優しいからお父上の言うことには逆らえないし。あんな父親ワンパンかましちゃえば良いのに」
どこまで知ってるこの小娘。
王妃はブレッツェル公爵の顔を思い浮かべる。彼は先程の話し合いにもいた王宮の重鎮だ。野次を飛ばすでもなく、沈黙を貫いていた。アリスを見極めようとしていたのだろう。
政治家としては優秀だが女癖がとにかく悪い。愛人は5人。本妻との間にはマリーナと2人の息子、愛人との間には15人の子供がいる。愛人は全員20年以上の付き合い。本人は皆大事な自分の家族だと博愛主義を気取っている。
「変わってますよね~。マリーナ嬢はマキシム様の正妃に、愛人の子供を側妃にって。しかも、ユーリ王子の正妃と側妃にも愛人の子を推しているんですよね」
姉妹揃って王子の妻になることがいけないわけではない。いけないわけではないのだが……
「マキシム様の側妃に愛人の子5人推すなんてなかなかないですよ。ユーリ様には3人の愛人の子でしたっけ」
なぜそんなことに……それは愛人の子たちがそう願ったからと公爵は言っていた。可愛い娘の願いを叶えたいという父親の思いだそう。マリーナが嫌だといえば変わる……のか?よくわからないがどちらにしても彼女は気が弱くて言えないよう。
「お母様お得意のーーーーーマリーナが可哀想だわ……では無理なんですか?」
「やったけどだめだったわ」
王妃への敬愛より、娘たちへの愛情の方が強いバカ親には通じなかった。大臣たちの強い後押しもあったが公爵の方が一枚上手というか、頑固者だった。
「一人の娘だけ特別に扱って幸せにするわけにはいかない。愛人の子たちを側室にしないならマリーナも嫁にやらないって言ってるのよ…………。クソッあの色ボケジジイ」
「マリーナ様だけが王妃教育を受けられたんですよね?一人だけ厳しい教育に耐えさせることは構わないんですね」
「あそこは本妻とだけは政略なのよ。博愛を気取りながらバリバリ不公平よ」
お母様……言葉遣いが少々崩れてきているようですが。
それは良いとして
「マリーナ様以外を蹴散らせと」
親指で首を掻っ切る仕草をする。
「そうよ。やっちゃってちょうだい」
同じ動作をする王妃。
「はあ、まあやるだけやってみましょうか」




