22. 王妃と公爵
アリスを除くカサバイン家の面々が揃い食堂でディナーをとっている。音もさせずにフォークやナイフを器用に操る中、エレナが侍女長に声をかける。
「今日はありがとう」
「滅相もございません。むしろ私達には身に余る光栄な経験となりました」
「本当に王家の人間は面倒よね」
本当は一家総出でアリスを送り出すつもりだった。王妃の嫌がらせによる仕事などブッチしても良かったが、アリスが愉しそうに笑っていたので仕事に赴くことにした。特に命令を下した訳では無いが執事長と侍女頭が筆頭となりアリスを見送ってくれたようだった。
「王家というより王妃がだろう」
忌々しそうにいうロナルドを見るエレナ。王妃がアリスを虐げるのは、エレナに手を出せないから。王妃はカサバイン家を目の敵にしているがその根源はエレナだ。
王妃は別にエレナに何かされたことはない。じゃあなぜ?
自分の子供に絶大な権力をというのも偽りなき事実、でもそれだけではない。彼女は単純にエレナが羨ましいのだ。
優秀な子どもたち。
公爵家の当主。
美貌を持つ武力派夫。
子供は皇太子だって優秀だ。まあうちの子たちには遥か遠く及ばないが。王としては公爵家の身勝手餓鬼共たちよりもよほどふさわしいから羨む必要など無いのに。
当主……こればかりは致し方なし。この国では女性当主も認められている。王妃は弟との当主争いに敗れていた。実力で劣ったわけではない。とんとんだった。ただ、当時の皇太子、現在の王にちょうど見合った年齢で生まれた侯爵家の娘だったこと。それが当主になれない理由だった。
エレナには兄がいたが、これがまたなんというのか自由気ままな男だった。あっちへフラフラこっちへフラフラ、公爵領のことは気にせず旅立つことしばしば。最後はどこぞの国で流行り病を得て儚くなった。まあそんな環境だったからエレナが次期当主に推されるのは当然だった。
夫に当主の座を譲るということもできたが、エレナの領主としての実力、魔法の腕も格上。
そして何よりも…………なんか存在感がすご過ぎた。迫力満点過ぎて、誰かの後ろにいる姿など想像できなかった。そんななんかしょうもない理由で公爵となっていた。なんか王妃には申し訳ない。
ロナルド……麗しいエレナの夫。武人としても申し分ない。昔から彼は微妙にモテた。微妙がつくのは頭のほうが少々ということからだった。王妃はそんな彼に心を寄せていた……というわけではない。
王もなかなかの美貌を誇るがちょっとヒョロかった。それに比べロナルドは細マッチョというのか、ムキムキすぎないが引き締まった良い身体をしていた。
王妃は細マッチョが好きだった。ロナルドには別に興味ないが。自分の好みの男性(身体のみ)を夫にしていることが更に彼女の憎悪を募らせることになった。
エレナからするとえ~……としか思えなかった。何たる変な恨み。もはや我儘娘の癇癪だ。自分より優れたものは許せない我儘娘。
でもその原因には手が出せないから、自分より弱いものに手を出す。
本当にそれが弱い存在だったか判断する力もなく。
しょうもない……と思いつつ王妃を放置したのは、彼女が王妃としては申し分がなかったから。嫉妬は人を狂わせる。エレナは嫉妬という感情は当たり前にあるものだと思っている。貴族間で嫉妬による足の引っ張り合いなどよくあること。行き過ぎではあるが王妃もそういった類だと割り切っていた。
まあ一番の理由としては本人が申し出たとはいえ、その後虐められる度にアリスがめっちゃニタニタとしていたから。
「なんやかんやいって、あの子が一番ヤバいわよね……」
エレナの呟きに食堂にいた全ての人間がエレナを見た。彼女が視線を上げるとザッと皆視線を戻した。
ーーー何よ、私のせいだと言いたいの?
……まあ、ほっといたのは母親である自分だが。
「ああ、そういえば」
サッと再びエレナに視線が集中する。それを気にすることなく執事長に命令を下す。
「明日ホールに使用人たち全員を集めてくれる?」
かしこまりました。執事長が恭しく胸に手を当て頭を垂れる様子を視界に入れた面々の目が煌めき口角が上がる。
明朝は大掃除の時間だーーーーー。
エレナはため息を付く。ヤバい奴らはアリスだけではなかった。




