20. 高位貴族会議(隣国)
ダイラス国の会議室にて、ざわざわと騒ぐ大臣共。
「いや~良かったですな」
「何が良かったというのですか、相手は無能と言われる娘ですよ。国でも皆のものに見下されているとか……そんな相手を寄越すなど我が国を愚弄しているとしか思えません!もともと宰相家へ縁談を持ち込んだというのに!」
「そうは言ってもあの天下のカサバイン家の娘ですよ。宰相家のご令嬢を迎えるよりも恩恵があるかもしれませんよ」
「なんというおめでたい考えをなさるのか……。カサバイン家の者が娘に何をしたというのですか?どれだけ馬鹿にされようとなんの助け舟も出さなかったというではありませんか」
「いやいや、それならそれで扱いやすいものでしょう。下手にいろいろと口を出されても鬱陶しいだけですしな。カサバイン家に我が国が乗っ取られる可能性もありませんし」
「ははっ!国盗りを行うならとっくに自国で行っておりますよ」
「ようするに要らないものを他国に押し付けたと言うわけですか……要らないものを他国の王族にとはなんとも無礼にも程がある話しですな」
「まあでも良いではないですか。大国からくる娘は態度がでかいものですが、きっと縮こまって過ごすことになりますよ」
飛び交う大臣たちの言葉をただ黙って聞くだけの王と王妃、3人の王子たち。アリスがダイラス国でどのような扱いを受けるかはもう予想できる。王族としてはどうするべきか……。それにしても噂を鵜呑みにし過ぎではないか。
「恐れながら陛下。一つ宜しいでしょうか?」
一人の大臣が王に向かって声を掛ける。王はすっと視線を向けると先を促す。
「カサバイン家の娘の結婚相手はどちらの王子にされるのでしょうか?」
その質問に皆の視線が王に集う。
「…………お前たちはどう思う?」
お前たち……彼は息子たちに問いかけた。
「はい、父上。彼女の出身を考えると私の妻がふさわしいとは思います。しかし、私には既に結婚間近の評判高い婚約者がおります。それに比べ彼女の評判は決して良いものとは言えません。破棄してまで人から侮られるような娘を次期王妃に据えるのは我が国に傷をつけることになるかと」
自分はいらないという長男であり皇太子のマキシム。ちなみに婚約者はダイラス国の公爵令嬢である。
「もちろん兄上の妃には据えるべきではないです。私の妃に……と言いたいところではありますが、出身が出身なだけに次男の私の妻に据えると兄上の立場にどのような影響があるか」
余計な後継者争いは御免だというのは次男のユーリ。いやいや、実家に蔑ろにされているなんの後ろ盾も望めない者。そのような者を妻にした王子を誰が兄を押しのけて皇太子にしようとするものか。ようするに自分も嫌だと言っている。
「じゃあ、僕?えー?嫌だ」
はっきりと嫌だというのは三男のルカ。
「僕はルビーと結婚するんだから」
ルビーとは金持ちの伯爵家の娘で、彼の幼馴染。昔から相思相愛で兄たちが結婚するのを待っている状態だった。
「そうか……。だが、婚姻は遠慮しますというわけにはいかない」
婚姻の申し入れ相手を変更するというのはあまり褒められたこととは言えないが、貴族間ではない話ではない。それに変更相手はカサバイン家の娘。むしろ感謝しろと言われても良いくらいの相手。虐げられているという噂がなければ……だが。
そもそも格上の国からの申し出。受け入れないわけにはいかない。お前は何様だ、国のメンツに傷をつけたと言われかねない。
「陛下、少し宜しいでしょうか?」
凛とした涼やかな声とその衰え知らずの美貌に大臣たちは鼻の下を伸ばす。彼女は彼らの若かりし日のマドンナだ。王の視線に促され、発言をする王妃。
「もちろん、婚姻は王子とさせるべきです。カサバイン家は王家ではありませんが、どの王家よりも力を持っています。それにアリス嬢の兄姉は結婚しておりますが皆カサバイン家に入っております。なので我らがアリス嬢を嫁に迎えられるのは光栄なことといえるでしょう。しかし、私は可愛い息子たちの意見も蔑ろにしたくはございません。そこで……ですが、我が王家にはもう一人王子がおります。彼の嫁として迎えるのが最善かと思います」
側室腹の王子の嫁。彼だってれっきとした王家のものだ。血筋も問題なし。文句は言われることはないはず。
「それに……ご令嬢方には多少の息抜きも必要でございましょう……」
社交界とはただ美しいだけのものではない。ストレスがたまるものだ。それを発散させるはけ口が必要だ。蔑ろにされてきた権力者の美しい娘。自分よりも高貴なものを虐げることのできる高揚感、優越感……そんなものが令嬢たちは大好きだ。令嬢たちの標的になるのは目に見えている。
「流石、王妃様。良い考えですな」
一人の大臣の言葉に皆賛同する。流石です王妃様、と。中には娘たちの今後の様子が目に浮かぶ者もいるよう。下卑た笑みが浮かんでいる。
蔑ろにされることがはじめから決まっている妃。王妃はゆったりと微笑む。ーーーかわいそうに、と。
「でも……本当にカサバイン家のお姫様がそんな存在になるかしら……?」
その呟きを聞いたのは王だけだった。
その王は誰に言うでもなくひっそりとこれからの自分の行動の方針を定めた。彼はとても平凡な王だけれど、危機察知能力は優れていた。
かわいそう……その言葉は誰に向けた言葉なのだろうか。
それは王妃自身にもまだわかっていなかった。
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「あら、賢い王妃様ね」
そう呟くのはアリスだ。
「アリス様……また覗き見ですか?公爵様に怒られますよ」
呆れたように言うイリス。彼女はアリスの専属侍女に格上げされていた。アリスの手元には水の入ったタライがあり、そこにはダイラス国の高位貴族会議の様子が映し出されていた。
「フフ……誰にも言わないから良いのよ。それにしてもダイラス国……とても楽しみだわ!」
とても愉しそうなワクワクした様子のアリスに鳥肌が立つのはなぜだろうか。
「……私は不安しかありませんが」
イリスの呟きをアリスはスルーした。




