168.賭けの結末
アリスはそれから1週間後の夜中に男の子を産んだ。
「アリス、よく頑張ったね。お疲れ様」
生まれて間もない我が子を抱くのはブランクだ。
「元気よく泣いていますね。さあ私にも抱かせてください」
そう言ってアリスは夫に向かい手を伸ばす。ブランクは黙ったままゆっくりとアリスに手渡した。
「……とても可愛いですね。子供とは何人目だろうと可愛いものです」
優しい眼差しで我が子を見つめるアリス。その顔色は赤子を産んですぐにも関わらず血色よく、妊娠中よりも健康的に見えた。
「ああ、とても愛しい。私達の宝物だ」
二人はそのまま暫く無言でいたがブランクがポツリと呟いた。
「………………私の負けだ」
「……運命は時に残酷ですね」
二人の表情は愛しいものを見る優しい目をしながらも、寂しそうだった。
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出産から数時間後アリスの私室には子供たちと王妃が来ていた。
「お母様、おめでとう!」
「きゃー、可愛い!ちっちゃ~い!」
アリスの胸に抱かれる弟を見て、無邪気にはしゃぐラルフとオリビア。
「この子の髪の毛私とお揃いだ~」
「僕と同じ銀髪じゃないんだね」
嬉しそうなオリビアと少し残念そうなラルフ。
「あ!一瞬目を開けたわ!あら、瞳の色は金色なのね」
「本当だ。お父様の黒でもお母様や僕たちみたいな紫でもないんだね」
「お祖父様やお祖母様、伯父様たちと同じ色ね!お祖母様」
「ええ、そうね」
オリビアの言葉に浮かない表情を浮かべる王妃。自分とは血が繋がらないながらも同じ色合いを持つ赤子。ダイラス国の代々の王が持つ金の瞳と金の髪の毛。
アリスの実家カサバイン家の特徴である男子は銀髪という特徴を持たずして生まれた子。
「可愛い、抱っこしていい?」
「駄目よ」
「「お母様のケチ!」」
王妃の表情には気づかない子供たちは何やら弟をめぐりアリスと言い争いをしている。産まれたばかりの弟を構いたくて仕方ない様子に王妃は尚更胸が締め付けられる思いがした。
コンコン
明るく喜びに満ち溢れる部屋にノックの音が響き入室してきたのはマリーナと夫の皇太子マキシムだった。
「おめでとうアリス」
「ありがとうございます、皇太子様」
マキシムは一言言っただけで一歩下がり妻のマリーナの背中を優しく押した。マリーナは目を彷徨わせた後、笑顔を浮かべるとアリスに近づいた。
「おめでとうアリス。無事に産まれて良かったわ。……あら?アリスあなた顔色が良くなったわね?」
「ありがとうございます、マリーナ様。ええ、この子を産んだら体調が良くなりましたわ」
この子……その言葉にマリーナはゆっくりとアリスから赤子に視線を移した。
「まぁ……!なんて可愛いのかしら」
すっと自然に赤子に向かって伸びる手。マリーナの指が赤子の頬を優しく撫でる。そして少しだけ目が開くのを見てポツリと呟く。
「…………金の瞳」
魔力の強さは瞳に現れる。金の瞳は人並みの力しか望めない。アリスやラルフ、オリビアのような化け物にはなれない。
「ええ、あまり魔力は強くないようです。私の体調が悪かった理由はこれですね。この子の魔力と私の魔力が合わなかったのです。この小さい魔力を飲み込もうと私の魔力が大暴れしていたようです。産んだらきれいさっぱりいい感じになりましたわ」
「ふふ、生まれる前からアリスを手こずらせるなんて、きっと大物になりますね」
「大物……そうですね。この子はいずれこの国の頂点に立つのです。偉大なる王に」
「…………は?」
驚きのあまり一旦思考が停止するマリーナ。
「あ、ああ!私達に子供がいないですものね。ルカ様もブランク様もラルフも王位につくつもりはなさそうですし、皇太子の跡を継ぐのはこの子の可能性が高いですわね。あ、でも皇太子が側妃を娶り、子が生まれたらどうし「マリーナ様」」
早口で捲し立てる彼女をアリスは止める。
「なあに?それにしてもラルフとオリビアはあなた似だけれど、この子はブラ「マリーナ様!」」
アリスの大声にビクリと身体を震わせたマリーナは胸の前で手を組み震える。
「私がどういう意味で言っているかわかっているはずです」
「やめて……」
「この子はあなたと皇太子様の子となるのです」
「やめて!」
アリスとブランクは決めたのだ。
生まれる子が強い魔力を持ちカサバイン家の特色を持てば養子に出さない。ブランクの色合いを持てば養子に出すと。まさかダイラス国の代々の王と同じ色合いを持って生まれるとは……だからこそ二人の心はこの子の瞳を見た瞬間に決まった。
「やめてよ!その子はあなたとブランク様の子よ!お情け?同情?私はもう子が産めないから可哀想だからってその子をくれるというわけ!?ああ、有り難くて涙が出るわ!」
そう叫ぶマリーナの目からは涙が流れている。アリスは我が子をイリスに渡すとベッドから足を下ろす。
そして――――マリーナに向かって手を伸ばした。
その手はマリーナの頬を流れる髪の毛を思いっきり掴むと自分の顔と彼女の顔を触れ合いそうなほどに近づけた。
「お情け?同情?可哀想?おっしゃる通りよ?それが何?」
アリスの言葉にマリーナは目を見開いた後、ばっと手をアリスに向かい伸ばす。
「「「!」」」
周囲の者は息を呑んだ。
マリーナがアリスと同じくアリスの髪の毛をがっつりと鷲掴みにしていたから。
「はは、いったいなぁ……」
苦々しく笑うアリスをマリーナは鋭く睨みつけた。
アリスはゆっくりと瞬きをした後、マリーナと視線を合わせた。
そして緩やかに口角を上げると
艶やかに
嘲笑った。




