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公爵家の末っ子娘は嘲笑う  作者: たくみ


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165.ヤハの願い

「……最悪」


 アリスは青褪めながら呟いた。


「成功です」


 そう言ってヤハはマリーナの前に膝をつくとうっとりと彼女を見つめる。床には倒れている侍女と不思議な文字と模様が描かれた御札が何枚も散らばっている。


「成功?何をふざけたことを言っているの?」


 アリスは自分の中が怒りで染まっていくのがわかった。身体が怠い、しんどい、辛い、だが今はそれどころではない。


「成功ではありませんか。ご覧下さい」


 アリスとフランクはちらりと見る。正直見たくない。というか自分が見ているものを信じたくない。





 そこには






 マリーナの






 膨らんだ腹部





 臨月を迎えたアリスと同じくらいの膨らみ。




「帰ってきたのです!マリーナ様のお子が……!ああ!これで再びマリーナ様の顔にあの美しい笑みが戻ることでしょう!そう思いませんか?アリス妃殿下」


 こいつは何を言っている。


 そこにあるのはただの――――だ。


 アリスは怒りを抑えるように、ふーーーーと深い息を吐く。


「マリーナ様に笑顔を……それは同感だわ」


「そうでしょうとも」


「でも一体何人の命を奪ったのかしら?」


 アリスは床に散らばる札を一瞥した。この札は黒魔法を使うのに必要なもの。この札を身に着け生き物を殺めるとその者の力がこの札に宿るのだ。


 最近現れる暗殺者たちも皆これを持っていた。


「私自身は誰の命も奪っておりませんよ?私はただ黒魔法の存在を囁き、ある者からはその札を奪い、ある者には騒ぎを起こしてもらっただけでございます。あなたの力を得ようと思ったものもいるようでしたよ?」


「魔法でも操れないのが人の心。それを操るとは……見事としか言えないわね」


「他者などどうでも良いと考える強欲者は多いのです。一時の欲を満たすためだけに自らの命を差し出すのですから正気とは思えません。まあ馬鹿すぎて代償のことを理解できない者もおりましたが……本当に頭が弱い者は疲れますね」


 黒魔法の代償は『死』。


 詳しい原理はまだ不明である。しかし、誰かを殺めて得た力。殺められた者の負の念により代償を払わされることになるという説が有力である。


 まさに因果応報。


「あの女たち、失礼。母と妹は自分の命をかけてあの身体を作り上げたのですよ?侍女を生贄にし男が夢中になる身体を手に入れたのです。我が身内ながらお恥ずかしい限りです」


 ヤハは薄っすらと馬鹿にしたように笑う。


「命をかけて、ね……」


 あの二人はそんなタイプではない。アリスの言葉に心外だと言わんばかりに片眉を上げるヤハ。


「説明はしたのですよ?ですが、我が身内ながら彼女たちは頭が少々弱いですから……。自分達にとって都合の良いことしか耳に入らないのです」


「彼女たちのことが嫌いなのね」


「ええ嫌いです。欲深く自分勝手、物事を深く考える頭もない。ああ、でも感謝もしていますよ?彼女たちが王や王子に気に入られたおかげでマリーナ様の主治医になれたのですから。あとこの魔法を発動するタイミングは彼女たちのどちらかが亡くなったときと決めていたので……まさか二人同時にとは。ははっ」


 王や王子のお気に入りの妾が突然死すれば騒ぎになる。騒ぎになればそちらに皆の目が注目する。その間に自分はマリーナに笑顔を取り戻す。そういう計画だったと笑うヤハ。


 その目はとても冷めている。彼女たちのことなどただの道具としてしか見ていないことがよくわかる。


「マリーナ様がお子様をお抱きになって姿を現したとき、この世にこんなに美しい方がいらっしゃるのかと見惚れました。顔立ちでいえばアリス様の方が美しいでしょうが……穏やかで優しげなオーラ、お子様へ向ける笑み、慈愛の眼差し、とても美しかった」


 まあ確かに、そこには同意しようとアリスとフランクは頷いた。

 

「それらが失われたとき、いつかは戻るだろうと思っていました。マリーナ様の周りには優秀な方々がたくさんいたからです。しかし!いつまで経ってもマリーナ様の笑顔は戻らなかった!だから私がやろうと思ったのです!」


 皆心を尽くした。だが彼女より優先すべきことがあったのも事実。王族たるもの国のことを放りだしマリーナだけに寄り添うことはできなかった。


「貴方がたができなかったことを私が簡単にできるなどと思い上がってはおりません。ですから私は私にできること、黒魔法を使いマリーナ様の大切なものを取り戻そうと考えたのです!」


「魔法は奪うこと、逆に救うことはできても……生み出すことはできないわ」


「何を仰います。ここに戻られたではありませんか!」


 ここ――マリーナの腹部をうっとりと見つめるヤハ。


「いやあ成功するなど嬉しくてたまりません!大変だったのですよ?とにかくたくさんの力が必要ですし、そもそも黒魔法はよくわかっていない魔法ですからね。いろいろな人に黒魔法を使うように仕向け、どれくらいで亡くなるか、どれくらいの力が得られるのか実験をしました」


 愉しそうに話す姿にゾッとするフランク。黒魔法それは即ち誰かの命を奪うということなのに……なんなのだこのテンションは。


「ですが無意味でした。皆バラバラでよくわからなかったものですから。それに御札を書くのが大変で大変で」


 少しでも書き間違えれば効果がなくなる札。黒魔法を使おうと思ってもそれを書く時点で諦める者も多い。


「ですが幸運でした。いつものあなただったらこの計画を邪魔されていたでしょう。ですが、あなたは体調を崩した。取るに足らない微弱な黒魔法を感知することができなかった。それらの集大成であるこの盛大な黒魔法は足止めを喰らい止めることができなかった。天は私に味方したのです」


 黒魔法の感知はしていた。感知はしていたが普段から魔法は至るところで使用されている。小さな魔法一つ一つを気にしてなどいられない。民の間や使用人の間で起きた事件に対応をするのはアリスの仕事ではない。


 それらが全て結びついているとは……


 ほっとくべきではなかった。胸騒ぎがしていたのだから。自分の中で制御できない魔力に気を取られていなければ……今更後悔しても仕方ない。アリスは軽く頭を振る。


「さて、そろそろお別れのようです」


 そう言うヤハの口の端からはツーと血が流れ出る。


「マリーナ様の笑顔をこの目で見られなかったのは残念ですが、きっと目を覚まされたら浮かべられることでしょう」


 ゆっくりと目を瞑るその顔は幸福感で満たされている。きっとその脳裏には子を抱きしめるマリーナの笑顔が浮かんでいるのだろう。


「!?」


 フランクはアリスを守るように前に出る。


「大丈夫よ。黒魔法の代賞よ」


 人から奪った札を使用していようと、代償は払わされるようだ。


 ヤハの身体は粒子となって消えた。最後まで幸せそうな顔だった。





 虫酸が走るほどに。


 





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