18. アリスとジュリア①
こちらは王宮内の庭園。誰しもが勝手に使えるわけではないが皇太子の想い人であるジュリアの使用は皆が大歓迎。というわけでアリスとジュリアは庭園にて優雅にお茶とお菓子を嗜んでいた。
「ジュリア、皇太子との婚約おめでとう」
「ありがとう。アリスには皇太子との婚約破棄おめでとうと言うべきかしら」
「まあ最初から結婚する気なんてなかったしね」
「………………」
ジュリアはアリスの言葉に軽く笑うとカップに口をつける。
「私はあなたが羨ましかったわ」
「あら、婚約破棄される婚約関係が?」
「わかっているくせに……」
「カサバイン家に生まれるよりも宰相家に生まれて良かったと思うわよ。見た目も私よりもあなたのほうが可愛らしい感じで受けが良いと思うし」
アリスはフルーツタルトを口に運ぶ。甘酸っぱくておいしい。フフッと笑う。彼女が婚約者だったときは出たことのないメニュー。破棄が成立した今になって出てくるとは……。破棄してくれてありがとうという料理人からのメッセージかしら。
「家にも見た目にも不満はないわよ」
「自画自賛?」
「カサバイン家はあまりにも強大すぎるし、あなたの見た目は美しすぎるわ。人間程々が一番よ」
「………………」
いや、宰相家は名門中の名門。見た目もほぼすべての人がジュリアの美を認めるだろうに程々とは……。ジュリアって意外と厚かましい。感慨深げにジュリアを見ると視線が交わった。
「私が羨ましかったのは……オスカーよ。オスカーの心」
「皇太子はあなたにほの字でしょ」
「古……。というか本気で言ってる?」
「嘘も方便でしょ」
「やっぱり気づいてたんじゃない」
フー……とジュリアの口から息がもれる。
「国の為に私に恋をしているフリをしていただけ」
彼女たちより2歳年上のオスカーは子供の頃から敏い子だった。婚約が決まったのは10歳。そのときには王妃がアリスを蔑ろにしていることは理解しており自分がアリスの婚約者になった意味も父親に説明されていた。
それにジュリアが本当の婚約相手だというのは王妃に紹介されたときからわかっていた。いや、王妃だけではない周りのもの皆がそう認識していた。だから皆が望むようにジュリアに恋をしているように見せかけていただけ。
「なんか皇太子って……内心色々と考えてるのに聞き分け良いふりばっかりして気色悪いわよね」
「失敬な」
「げっ」
「何がげっ、だ。気づいていただろう」
登場したのは皇太子のオスカー。
「人の悪口で盛り上がっていたのかい?」
「あなたがアリスに片思いをしているという話」
「ああ、2年前にあっさりとふられたね」
2年前オスカーはアリスにこのまま皇太子妃になるつもりはないかと尋ねた。しかし、返事はあなたみたいな腹黒嫌よということだった。
「座らないの?」
「女性同士の会話に割り込むなんて無粋な真似はしないよ」
……じゃあ、あなたは無粋者ってことね。二人の呆れた視線にハハッと笑うと
「アリスにお別れの挨拶くらいしておこうかと思ってね」
オスカーの言葉に嬉しそうな笑みを浮かべるアリス。手をすっと差し伸べる。
「何をくれるの?」
「…………挨拶って言っただろう」
残念……としおしおと手を下げる。んんっと咳払いをするオスカーにアリスは少し目を細める。
「アリス、8年間婚約者としての役目お疲れ様。君は趣味だから大丈夫だと言っていたが。やはり君の友人としては蔑ろにされる様は見ていて気分の良いものではなかったよ。ダイラス国では君は大国から来た、しかも名門超絶権力持ちの高位貴族出身の王子妃だ。これからはそれに見合った待遇を受けるような振る舞いをして欲しいと思う」
まあ無理だろうけど、とその目は言っているが。アリスは温かな笑顔がこぼれる。人を嘲笑するのも楽しいがこうやって友人に心配されるのも悪くない。
「あと、これはガルベラ王国の者として言わせてもらうが。アリス嬢、嫁にいこうと君はカサバイン家の一員だ。カサバイン家は我が国ガルベラ王国の忠臣。ダイラス国に尽くすな、と言う気はない。だが、万が一敵対することになったときカサバイン家の一員だということを忘れないでくれ」
「御意に。私はカサバイン家の娘。それは私の誇り。どこにいこうとそれは変わりません」
スッと見事なカーテシーを披露するアリスにオスカーは眩しそうに目を細める。そしてスッと右手を上げると
「じゃあな」
アリスも同じように右手を上げる
「じゃあな」
オスカーはニンマリと笑うと上げていた右手の親指を立てる。そして下に向けると去っていった。




