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公爵家の末っ子娘は嘲笑う  作者: たくみ


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160.マリーナ

 アリス一味との恐ろ懐かしい日々を思い出してから数日。


「ラルフ様、オリビア様少々お待ちを!」


 エリアスは王宮の廊下を歩くラルフとオリビアの足を止めようと必死だった。


「え~、なんで~?」


「マリーナ様のところに行くだけだよ?」


 それが問題なのですよオリビア様。


「えーっと……お休み中かもしれませんし」


「そのときは帰ればいいだけでしょう?」


 仰る通り。


 だがマリーナのところに行けば彼がいる。タリス男爵の長男ヤハが。アリスから彼に双子を近づけないように言われているエリアスは彼がいる場所を常に把握していた。


 意識……失わせちゃうか?


 いやいやいやいや、いかんいかんいかんいかん。相手は子供。廊下のど真ん中でアワアワと挙動不審なエリアスと彼を見上げる双子に声がかけられる。


「どうかされましたか?」


「「公爵だー」」


「ご機嫌ようラルフ様、オリビア様。何かございましたか?」

 

 そんな不審な者を見る目で見ないでください公爵。そう思いつつエリアスが会釈すると目で返された。


「マリーナ様のところに行くのをエリアスが邪魔してくるの」


 邪魔!?ラルフの言葉にショックを受けるエリアス。


「そうだったのですか。私も今から皇太子妃殿下のところへ行くところだったのです。一緒に参りましょう」


「「うん!」」


 公爵と手をつなぎ歩き出す双子。


「えっ、あっ、ちょっ!?」


『大丈夫だ』


 小声で公爵に言われたエリアスはまじかと思いつつ、彼らの後を追った。




~~~~~~~~~~



 現在マリーナが生活しているのは亡き息子が使っていた部屋。子供が使っていたベッドも服もおもちゃも何一つ処分されることなく存在したままである。


 エリアスはこれまでにも何度か足を踏み入れたことがあるが悲しみに溢れ心苦しくなる。


「「マリーナ様ご機嫌よう」」


「ご機嫌ようラルフ、オリビア。公爵もいらっしゃい」


 フワリと微笑むマリーナは優雅で美しい。今日は調子が良いよう。


「マリーナ様、私は失礼致します」


「ええ、また後で……」


 そう言って出ていくのはヤハだ。ほっと息を吐くエリアスに公爵がほらなと言うように軽く顎を上げた。ヤハが扉から出ていくのを目で追っていたマリーナは彼の姿が見えなくなると双子に視線を移した。


「ラルフ、オリビア。アリス……母君が懐妊されたそうね。おめでとうと伝えてくれるかしら?」


「「はい」」


 仲良く揃ってお行儀よく返事をする二人にマリーナは笑みを漏らす。


「二人が来てくれて嬉しいわ。ここにはあまり人が来ないから」


 なんの役にも立たない皇太子妃など誰も気に留めない、夫でさえも……彼女はそう思っている。だがそうではない。王妃やマキシムなど近しい人が来ると体調が悪くなり精神的にも不安定になるのだ。


 顔を出せば出すほど悪化していくので、訪れることができなくなってしまった。ラルフとオリビアと接しているときは平気そうなので二人はたまに顔を見せに来る。


 なんと言えば良いかオロオロしているうちにマリーナの瞳から涙が溢れだし更にオロオロするラルフとオリビア。


「ごめんなさい。二人を見ていたらあの子の成長した姿が頭に浮かんでしまって……」


「「…………………………」」


 どうしたら良いかわからない双子の目にも涙が浮かぶ。


「!?あっ、えっと……ぶ、ブランク様が何か用事があるとか仰っていましたよ!そろそろお暇しましょうか!?」


 エリアスがうんうんと頷く双子を連れ、退出する。


「「ありがとうエリアス」」


「大丈夫ですよ、驚きましたね」


「うん、でもマリーナ様可哀想」


「まだ悲しいんだね。行かなければ良かったかな……」


「そんなことありませんよ。嬉しいと言っていたではありませんか」


「「でも……」」


「また顔を見せに行きましょうね」


「「うん!」」


 少し明るさを取り戻した二人にエリアスはホッとした。




~~~~~~~~~~



 一方こちらは暗い雰囲気のままだった。


 いや、険悪だった。


「皇太子妃……いや、マリーナ。いい加減あの子のことは忘れるんだ」


「忘れるなんてできません!」


「お前は皇太子妃なんだぞ!次期国母だ!皇太子様に寄り添い、民たちのことを考えるべきだろう!?いつまでこのようなところに閉じこもる気だ!?」


「父上の孫でもあったのですよ?なぜあの子を失い笑えるのですか?政務をできるのですか?他のことなど考えられるのですか?ああ、父上には他にも孫がいましたものね。代わりはいますものね!」


「マリーナ!あの子の代わりなどどこにもいない。だがそなたは皇太子妃なのだ。いつまでも悲しみに囚われて民を顧みなければそなた自身が窮地に追い込まれてしまうんだぞ?」


 廃妃の声は日増しに高まっている。皇太子を筆頭に王家の方たちがマリーナを守ってくれているからなんとかなっているだけ。


「ええ、ええ、そうです。代わりなどいないっ。この国を継ぐ大事な大事な息子でしたのに…………っ……っ…………ああ!私の大切な愛する息子……!私は…私は!この国にとってもなんと罪深いことを……!!!」


 髪の毛を掻きむしりながら頭を抱え蹲るマリーナを見て公爵は怒りを抑えるように拳をぎゅっと握る。それはマリーナに対するものなのか状況を変えられない自分へのものなのか本人でさえわからない。


「マリーナ……どうしてそこまで自分を追い詰めるのだ?」


 ポツリと囁くと同時に開かれる扉。公爵の横を通り過ぎマリーナの横にしゃがみ込むのはヤハだ。彼はマリーナを落ち着かせるために何やらボソボソと話しかけながら手を握り背中を撫でる。


 その様に声を上げかけるが落ち着いてきた娘の様子を見て思い留まる公爵。


「恐れ入りますが公爵……」


「ああ、失礼しよう」


 ヤハに促され部屋の外に出る。


 ふーと思わず息が漏れた。


 娘からあの男を引き離したいが娘を落ち着かせられるのは彼のみ。だが少しばかり距離が近すぎる。不義の噂も最近広がりつつある。どうにもできぬ事態にもどかしい気持ちが込み上げる。


 再度ふーと息を吐き気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと閉められた扉を振り返る。


 それにしてもヤハ・タリス―――なんとも不気味な男だ。


 見た目はどこにでもいそうな平凡な男。男爵家の他の者達とは違い礼儀正しく、無礼なことも一切言わない。マリーナと距離は近いものの決して二人きりになることもない。マリーナも彼には心を許している。


 だが


 彼からは何か嫌な気配がする。


 彼自身が纏うオーラが何か不気味なのだ――――――。

 


 





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