153.煽る①
アリスの登場に緊張と安堵の空気が入り混じる。
「……アリス、何か用かい?」
「ご機嫌麗しゅうルカ義兄様。ラシア義姉様がお戻りになったのですから挨拶するのは当然でしょう。新たな側室となられたルビー様にもぜひご挨拶したく参りました」
「今日はタリス男爵が君に面会を申し込んでいたはずだよ?」
「ええ、ブランク様が対応されておりますわ」
「君に、と聞いているはずだが?」
「男爵の世間話と義姉たちへの挨拶どちらを重視すべきかは明白です」
「世間話?国に関わる大事なことかもしれないよ?」
「ほほほほほ!ご冗談を。彼から有益な情報を得られたことも素晴らしい国策を聞いたことも一度もありませんが。それにブランク様が対応されていると言っているではありませんか」
「君にしか話せないことかもしれないだろう?」
「私にしか話せないこととは?特に私と縁があるわけでも関わりがあるわけでもないお飾り大臣の男爵が個人的に私に話があると?不倫の申し出でしょうか?」
御免被りますわと馬鹿にするように微笑むアリス。
「アリス様酷いですわぁ、父のことをそんなふうに言うな…………んて……………………」
ルカにしなだれかかり彼の援護を得ようとしたクレアの言葉が途切れる。アリスが優雅な所作でラシアの前に立ちスカートを摘みながら深々と頭を下げたからだ。
その優雅で品格溢れる美しさに言葉を無視されたクレアも思わず黙る。隣のルカも視線を外せなかった。
「ラシア義姉様お久しぶりにございます。病が治癒したとのこと心よりお慶び申し上げます」
アリスの後ろではラルフとオリビア、イリスとフランク、エリアスも頭を下げている。これだけの美男美女が揃うと圧巻の一言である。
「アリス様頭をお上げになって。皆様も。再び王宮で堂々と会えることを嬉しく思います」
フワリと微笑み合うアリスとラシア。アリスは身体の向きを少しだけ変えると小さい姫君の前にしゃがみ、そっとその手を取った。
「お久しぶりにございますナディア様。数ヶ月会わなかっただけですのに更に愛らしくなられて……劣化する一方の私からすれば羨ましい限りですわ」
「お久しぶりですアリス様。アリス様はこれからもっと綺麗になると思います。それにこの前いただいたドレスのおかげで可愛く見えてるのかもしれないです。ありがとうございます」
「とてもよくお似合いです。ナディア様、ラルフとオリビアが早く遊びたいと申しておりまして……宜しければ今から遊んでいただけませんか?」
「私も遊びたいです」
チラと視線を向けられたラシアが頷くとぱあっと表情が明るくなるナディア。ナディアとラルフとオリビアの順で扉に向かう。そしてクレアの隣を通るとき―――――
ラルフがその煌めく銀の髪の毛をバサリとかきあげるとクレアをチラリと見ながら
「はっ」
と見下すような視線を向け鼻で笑った。
「!?なっ!」
クレアが声を上げようとしたときオリビアが隣を通り過ぎて行く。
そしてこちらもまた自分の美貌を見せつけるかのように輝く金色の髪の毛をかきあげながら鼻で笑い普通に言った。
「ふっ。ブース」
「!!?なっ!」
再びクレアが声を上げようとするが既に子供達の姿はなかった。
「ルカさまぁ!ひどいですぅ」
「アリ「まあ、あの子達ったら本当のことなら何でも言っていいと思っているのかしら。嫌いな相手に攻撃的になってしまって困っているのです」」
「まだ5歳ですもの一瞬頭に浮かんだ言葉がぽろりと出ることもあるでしょう。本気かどうかもわからない子どもの言うことを大の大人が真に受ける方がおかしいと言うものですわ」
「「…………………………」」
アリスとラシアのやり取りに閉口するクレアとルカ。苦言を呈せばこちらの方が大人げないみたいではないか。クレアはうるうるとルカを見上げるがそっと視線を逸らされる。
彼らの様子を見ていたルビーははっと閃いた。
子供たちはこれをやるためにおめかししていたのだ。先程の挨拶で見栄えをよくする目的もあるかもしれないが、こちらこそ二人がやりたかったことにちがいない。
類稀なる美貌におめかしすればいつも以上の『美』が生まれる。自分達の美貌を利用しクレアを馬鹿にしたのだ。
なんと恐ろしい5歳児……。
ブルブルと震えていると何やら視線を感じた。
これはアリスだ。恐る恐る彼女を見るとニタリと口角が上がった。
なに?なに?なに?
混乱するルビーに一歩近づくアリス。
えっ、怖いんですけど。後ろに下がりたくても椅子があって下がれない。目を逸らしたいのににこにこと凄みのある笑顔からなぜか逸らすことができない。
すっとアリスの手が動いた。
いやーーーーーーっ!
えっ……?は……?
目の前には軽くスカートを持ち軽く頭を下げるアリスがいた。
「最初にご挨拶してから長いときが流れましたが、やっと親族になれましたね。ルビー様とは色々と協力していきたいと思っておりますので宜しくお願い致しますね?」
気品に溢れ貫禄のあるその姿は流石と言えるもの。
色々とは……一体何をさせる気なのか。
だが、今すべきことはわかる。ルビーはすっと立ち上がるとスカートを摘むとアリス以上に深々と頭を下げる。
「アリス様宜しくお願い致します」
たった一言の言葉だったが、その所作は優雅で品格があった。とても追放されていたものとは思えないほどに。
二人の気品溢れる優雅な所作によりクレアの目上の者に挨拶もしない、男の腕に胸を押し付けるなど貴族とは思えない品の無さが際立った。
ルビーは頭を上げるとクレアを見る。
アリスもクレアを見る。
二人は同時に鼻で嘲笑った。




