151.ラシアとアリス②
「…………あの、アリス様、私の顔に何か……?」
「いえ、何も。ただ本当に何もないと思っていらっしゃるのかと観察していただけですわ」
「は、はあ」
「だって私からしたらラシア様は十分いろんなものをお持ちのあるようにお見受けしますもの」
「えっ!?」
この万能超人は自分のどこを見てそう思うのか。
「だってそうでしょう?見た目だって、実家の太さだって、地位だってあるじゃないですか」
「いえ、アリス様の方が何倍もおきれいだし、実家の太さだってあるではありませんか」
「何事にも上はあるものです。上を見すぎですよラシア様」
「は、はあ?」
「そもそもあのハゲ親父は気に入らないことははっきり言うタイプの人間でしょう?」
「は、ハゲ親父」
人の父親のことをハゲ親父とは……。
「ハゲ親父が何も言わないってことは全て及第点だし、今この現状もあなたに何ら問題はないと思っているんですよ」
「そうでしょうか?」
「そうです!それに王族としての仕事をこなす頭だってあれば、可愛い姫君もいらっしゃる」
「いや、それは当たり前のことで……。それに大して役に立っていませんし」
王妃やマリーナのように国を左右するような重要な案件をやっているわけでも、アリスのように国を守ることもできていない。
「ハーゲ家と王族を縁続きにさせたではありませんか」
「それは父の力で……」
「そもそもあなたがいなければ縁続きになどなれません。ハーゲ家にとってはただ存在するだけで価値があるのです」
「ま、まあそう言われてみれば。でも王子はいませんし、この先も望めなさそうです。それに……夫の愛がないからと、影で笑われておりますわ」
自嘲気味に笑うラシア。
「おほほほほ!そんなの負け犬の遠吠えですわ~!愛があろうとなかろうと王家がルカ様の妃と認めているのですから問題なし!愛だの恋だの……王族がそのようなものを求めてそれしか持たざるものと結ばれたとき、王権は弱まるだけです。金や権力、血筋、頭脳、何かしら持つべき者でないと……我らは平民ではないのです。王家の後継者はマリーナ様の問題です。最悪の場合はラルフもおりますし。それにルカ王子とラシア様の血筋を……ということであれば婿を取れば宜しいではありませんか。姫君に子が生まれれば血は引き継がれるのでなんの問題もございません。それにそもそも外野というものは好きに言うものです」
「は、はあ」
アリスのマシンガントークについていけないラシア。
「王妃様とてなんで王子ばかり産んだのかと言われたそうですよ。他国と縁続きになるのに姫君の方が便利なのに、と。姫ばかりであれば男の子でないと跡継ぎがいないと騒ぐ。男女一人ずつならばもう一人男の子がいないと不安だ。男女二人なら、もっと姫がいればもっと他国と縁続きになれるのに。子沢山なら税の無駄遣い、されどそのとき疫病が流行ればたくさんいて良かった。人とはそのときそのときに理由をつけていちゃもんをつけ、ときに自分が放った言葉を翻すのです。そんな者達の意見などまともに取り合ってたら病みますよ」
「病む……」
「ラシア様がルカ様を好いていることは存じ上げております。いつか振り向いてくれるのではないかと期待していることも……。ですが諦めも時には必要かと思いますわ」
「……わかっているのです。でも、気持ちとはなかなかコントロールができぬものですね」
「いつかルカ様に見切りをつけ、対峙することがあれば私はラシア様の味方になりますからね。あなたの後ろには私がおります。同じ国の妃になったのも何かの縁。忘れないでくださいませ」
「ありがとう……。心強いです」
ラシアは久しぶりに穏やかな笑みを浮かべた。
その様は小さな花がそっと咲いた様で可愛らしい。
「ラシア義姉様は私にとっても必要な方ですわ」
「えっ?」
この私が目の前の麗人にとって必要?
何に?
でも今はそれよりも
「あの…………何やら王妃様の声が」
二人の耳にはアリスー!アリスー!と叫ぶ王妃の声が聞こえる。
「ちょっと廊下にあった壺を割ってしまいまして」
「えっ!?」
それはヤバくないか?
「やれやれ、怖い怖い鬼ババアの説教が待っていますわ」
いやそれは当たり前では?
「そんな壺の一つや二つ、ねえ?」
もしかして二つやってしまったのか?
「無駄に長いんですよね~お説教。ふふ、ラシア義姉様後で愚痴聞いて下さいね?」
「え、ええ」
では、と言って去っていくアリス。王妃と遭遇し、めちゃくちゃ言われている。しゅんと肩を落としてちょっと可愛い。
「もしかして……姑の愚痴を言うのに必要ってこと?…………………………ふふっ、ふふふっ」
は!くだらない。
くだらない。
本当に色々とくだらない。
自分は何を色々とくだらないことを考えていたのだろうか。
無駄な時間、あんな男にかける時間は無駄だったのかもしれない。
「かあたま~~~~~~」
ナディアがよちよちと歩いてくる。
涙が頬を伝う。
自分にはこの子がいる。
あんな男、もうどうでも良いではないの。
「ラ、ラシア様、いかがされました!は!アリス様に虐められたんですか?大丈夫ですか?あの方はお口が悪いですから気にされなくても大丈夫ですよ!」
侍女たちがオロオロしている。心配してくれている。
「かあたま。たいたい?」
ラシアの膝に登ろうと一生懸命な様子のナディアに笑みが漏れる。
「いいえ、どこも痛くないわ。この涙はね……弱い自分を流す為のものだから大丈夫よ」
そう言うラシアの顔はとても晴れ晴れとしていた。




