150.ラシアとアリス①
人払いがされた庭園で二人は向き合って座る。
「そういえばラシア義姉様と二人っきりで話すのは初めてですね。少しドキドキしてしまうわ」
「そうですね」
「で?」
「で?」
「で、なんで心が痛いのです?」
そんなキラキラとした目で見ないでほしい。アリスの言うドキドキはワクワクなのかもしれない。
「……私が、私が悪いのです。どうしてこんなにも色々と至らなく、弱い人間なのか、と」
「ほう……」
テーブルの上に肘をつき指を絡めてその上に顔をちょこんと乗せているアリス。行儀は悪いがとても様になる。
「ルカ様はそのせいで女遊びが激しいし、ナディアは愛情を注いでもらえない。あ、昔からそうなんです。兄や弟は目をかけられるのに私はいつもほったらかしでどうでも良い感じで……昔から魅力がないんです。……………アリス様はきっと違ったんでしょうね……」
「ほほほ、家族からの愛情はあったでしょうけど。化物一家らしく魔物の大群の前に放り出されていましたね」
「は?」
「まあ私のことは良しとしましょう」
「はあ?」
そういえばアリスは蔑ろにされてきたと噂があった。あまりにも彼女が魅力的だから忘れていた。こういうところが自分はいけないのだ。
思わず下を向くラシアにアリスが口を開く。
「うんうん、わかるわあ」
「はい?」
突如得られたアリスの賛同にラシアは一瞬固まる。
「女性問題ねえ。夫婦にはどうしてもついて回りますよね。特に王族は。権力もあって金もある、顔もいいから女が寄ってくる。物申したくても相手は王子、自分より上の立場の人間。物申したとしてもうるさいと言われてしまえばそこで終わり。結局放置しかできない。こっちは色々と利害関係もあるから簡単に離縁できない。諫めたところでこちらは邪魔者扱い、むしろ恋の障害とでもいわんばかりに仲が盛り上がる為の小道具のように扱われ……本当に面倒ですよね?」
「あ、アリス様もそのようなことが?」
「何を今更。そんなことがあったから今ここにラシア様がいるのではないですか」
「確かに」
「ほっといたら見事に自滅していきましたわあ!ほほほ」
「…………………………でもアリス様はブランク様とうまくいきました。それはアリス様に魅力があったからで、私はないですから。だからあんなにたくさんの女性と……」
「あれはルカ義兄様の性分でしょう。それにあなたに何かというより人には相性というものがあるのですから。単純に合わないだけだと思いますよ」
ゴクリとお茶を飲むアリス。アリスがカップをソーサーに戻するのを見届けてラシアは口を開く。
「では私はあまり多くの人と相性が良くない人間なのかもしれません。いえ、やはり私に魅力がないから人は私に関心を寄せないのかと……」
「といいますと?」
「父が……昔からなのですが父は後継ぎの兄と魔法の才に恵まれた弟ばかりを気にかけ、私のことは何も。もちろん教育は受けさせてもらいましたが褒めるでも貶すでもなく、ただ人任せ。最近父とアリス様を見ていると思うんです。私よりもよほど仲が良いと」
「………………」
ラシアはあまり人を見る目がないのかもしれない。罵声を浴びた女と足を氷漬けにされ折られた男。仲が良いわけがない。お互いに利用しあっているだけの仲でしかない。
「それにナディアも私にあまりに懐いていないような気がするのです。侍女といる方が楽しそうで」
まあ、正直王族は子供と触れ合う時間が少ない。子育てだって人の手を借りることが多いから侍女の方に懐くのは多少あるかもしれない。
だが、アリスには別に気落ちするほどナディアが懐いていないようには見えない。
「ナディア様というより、ラシア義姉様が姫君を嫌っているのでは?ほら、ルカ義兄様の血も引くわけですし」
アリスの言葉にラシアの動きがピタリと一瞬止まる。
「……あの子を嫌うなどとんでもない!嫌われているのは私の方。だって王宮にはたくさんの素敵な方がいて、私は何もないから。あの娘の目にも情けない母として映っているはずです」
「何もない、ですか?」
そもそも1、2歳で母親に嫌悪感を抱くものなのかとアリスは不思議に思うが、とりあえず話を聞いてみることにした。
「ええ。あなたのように美貌、頭脳、魔法何も持ち合わせておりません。妃という地位も父がもたらしたもの。ルカ様からの気持ちも……ありませんし」
そう言って自嘲気味に笑うラシアをアリスはジーっと見つめる。そうひたすらじーーーーーーーっと……。




