135.お久しぶり
ルビーはゴクリとツバを飲み込んだ。
彼女は相変わらず……いや、自分が知っている姿よりも一層輝く美貌を誇っていた。衰えた自分とは違って。美しき幻想的な紫色の蝶を人差し指に乗せている姿が一枚の絵のようだ。
それにしても彼女がルビーを見る目……どこか人を嘲笑うような目は全然変わっていない。だがそれに苛つきよりも懐かしさを感じてしまうとは――。
いろんなことが変わった。けれど久しぶりに変わらぬものに出会ったからか昔に戻った気がする。
だからだろうか目の前に現れた類稀なる美貌を持つ女性
――――――――アリスに
生意気な態度を取りたくなってしまうのは。
だが
「アリス様」
頭を下げるルビー。
そんな態度をとってはいけないことはわかっている。そしてアリスを見て昔のような態度を取りたがる自分の心を抑えることもできるようになった。それだけ歳月は過ぎたのだ。
「お久しぶりね、ルビーさん。頭を上げて頂戴」
顔を上げるが、顔を直視はしない。ふふっとアリスの笑う声がする。落ちぶれた自分を嘲笑っているのだろうか……。
散々自分がやってきたことだろうに人にやられたくらいで何を生意気なこと考えているんだか。内心で自嘲する。
「そういえばこの前この子達を保護してくれたそうね。どうもありがとう」
「……いえ、滅相もございません」
一瞬なんのことかわからなかった。そもそもあれを保護したといって良いのかは疑問である。
「今回の件、無事で良かったわ。あなたも赤ちゃんも」
「ラルフ様とオリビア様のおかげにございます」
そこで気づく。あれはたまたまだったのだろうか。
「やっぱり何かすると思ったわ!あの男、気持ち悪かったもの!」
「そうだよ!だから僕たちルビーちゃんが心配で見に行ったんだよ!」
興奮気味に紡がれる言葉に軽く目を見開くルビー。
「気持ち悪い……?」
「うん!なんかねルビーちゃんを見る目とか近所の人を見る目がなんか気持ち悪かったの!私たちに向ける目とは違ったのよ!」
「なんかね、こうねっとりとした感じ。可愛い可愛いって言いながら相手を下に見てるような。相手が可哀想であることが嬉しいみたいな、なんか変な感じだったよ!」
「全然気づかなかった……」
「相変わらず男を見る目がないわね~」
アリスの言葉に凹む。本当に、なんで自分はこうなんだろう。
でも……
「甥っ子が無事で良かったと思います。本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げるルビーに室内は穏やかな空気が漂う。
「人に頭を下げることを覚えたか……」
宰相の口からこぼれ落ちた言葉に、ああ自分はそんな当たり前のことさえできていなかったのだと改めて思った。
宰相の言葉と何やら微笑ましげに見つめてくる侍女たちに何やら気恥ずかしくなって思わず下を向いてしまう。それをからかうかのように蝶がヒラヒラとルビーの周りを飛ぶ。
この蝶は……………ホッと息を吐くルビー。
お祖父様ごめんなさい。
祖父は蝶を通してアリスと話をしていたよう。
ボケたかと思ったわ。
なんてちょっと心に余裕が出てくるくらいなんとも生温い空気。だが気づく。1人だけ緩やかな笑みを浮かべつつ、冷えた眼差しをルビーに向けているアリスに。思わず見つめてしまうと視線が交わった。
その途端アリスの口がぐわっと開いた。
「あなた!あなたー!」
うん?あなた?ブランクのことか?
なぜここでブランクを呼ぶのか。というか呼んだからといって来るわけがない。普通に聞こえないはず。
アリスの予想外の行動に場が静まり返る中、何やらバタバタと廊下を走る音が近づいてくる。
“王子、廊下を走ってはなりません!”
“す、すまない侍女長!非常招集だ!”
“またアリス様ですか!?皆様あの方を甘やかし過ぎですよ!”
何やら子供がやらかして怒られているかと思うようなやり取りが聞こえてくるが足音は確実に近づいてきてバターンと開かれる扉。
侍女や宰相が頭を下げる中、部屋に足を踏み入れるのはもちろんアリスの夫ブランクだ。
「アリス何か用かい?」
先程怒られていたとは思えない爽やかな表情で尋ねるブランク。
「ねぇ、あなた」
「なんだい?アリス」
「この目の前にいる方はあなたがかつて夢中になっていたルビーさんで間違いないかしら?」
「うん?彼女はルビーで間違いないよ」
「宰相?」
「?は、彼女は孫娘……元孫娘に間違いございません」
「皆も?彼女は本当にルビーさん?」
アリスはそう言って侍女たちに視線を向ける。
「「「はい」」」
「ふぅん」
「「どうかしたの?お母様。この人はルビーちゃんだよ」」
「そうよねそうよね」
アリスは子供たちの問いかけに答えることなく、ルビーをまじまじと見ながらうんうんと頷いている。
めちゃくちゃ気まずい。
まさか…………礼儀正しくなりすぎて違う人間だと思われてるとか?いやいやそんなことはないはず。
でも、
ブランクを呼んで確認するほど変わることができているということなのだとしたら、
アリスの目からみても以前とは違うと感じてもらえているとしたら、
嬉しい………………かも。
ちょっと顔がにやける。いかん引き締めねば。
だが引き締めるまでもなかった。
アリスがニコリとした後言った。
「あなただあれ?」
あなただあれ?
とは?
室内が静まり返る。皆頭の中が?だった。
特にルビーの頭の中は大混乱だった。
えっ!?私ってルビーじゃないの?
えっ!?もしかして取り憑かれてる?
あなただあれ?わたしはだあれ?
混乱するルビーを見つめるアリスの目は冷たい。
そして彼女は呟く。
――― つまらない ―――
と。




