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公爵家の末っ子娘は嘲笑う  作者: たくみ


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126.ルビー別れの記憶

 悲しい


 寂しい


 どうして彼女が……


「…………ビー……………ルビ……ルビー!」


 はっ!


 自分を呼ぶ愛しい夫の声に意識が覚醒する。


「大丈夫かい?ひどく魘されていたよ。それに……」


 すっと差し出されたハンカチを手に取り目元に当てるルビー。


「ありがとう。ごめんなさい、昔のこと思い出しちゃって」


「僕は大丈夫だよ。また寝られそう?」


「うん大丈夫、おやすみ」


 暫くすると横から微かに聞こえてくる低い寝息の音。


 夫がまた寝られてよかった。


 だが


 自分は寝られない。



「久しぶりに見たな」


 ルビーは目を瞑る。


 先程見た夢を思い出すように。



~~~~~~



「ウェンディ」


「ルビー!いらっしゃい」


 ヒョコッと扉から顔を出したルビーをウェンディの明るい声が迎える。


「今日はいちごをもらったのよ。お裾分けしてあげるわ!」


「おいしそう!ボスはあなたにメロメロね」


「そうよ。だって私可愛いもの」


 胸を張るルビーにウェンディは笑う。


 ベッドに腰掛けながら――――――。


「はい、この薬飲んで」


「ありがとう」


 痩せ細った腕が薬が入った器を口元に運ぶ。


 彼女は娼婦時代に無理をしたせいで病を得ていた。緩やかに緩やかに病は彼女を蝕んでいき今や彼女の身体は痩せ細り顔は血の気を失っていた。


「ルビー。こんな高価な薬はもういいわ。これアクセサリー売ったお金で買ってるんでしょう?お金はあなたの為に使ってちょうだい」


「アクセサリーなんて持ってたって何にもならないし、売ってもいいってボスさんに言われてるから大丈夫よ。それにお金にしたって他に使い道もないし。ほら、私王命でここにいるのよ。ここからは出られないんだから、使えるところに使わないと勿体ないじゃない」


「でも……」


「別におねだりしてるわけでもないし、私を気に入ってくれてあなたのことも知っているから援助してくれてるのよ?甘えましょう?」


「でもね、ルビー。私はもう助から「私が!」」


 ウェンディの言葉を大声で遮るルビー。


「私があんたに生きていて欲しいのよ!」


 顔を真っ赤にして言うルビーにウェンディは閉口する。素直になれないプライドの高い彼女がこの言葉を言うのにどれだけ勇気が必要だったかわかるから。

 

「あ!仕事残ってたの忘れてた!じゃあまたね」


 そう言ってバタバタと部屋を出ていくルビーの背を見つめるウェンディ。



 部屋を出たルビーは目に涙を浮かべていた。どんどん弱っていく彼女の姿に、一歩一歩確実にあの世に近づく彼女の姿に、気の利いたこと一つ言えない自分の情けなさから。


 泣くな。


 泣くな!


 泣くな!!!


 辛いのは自分じゃないんだから。


 ウェンディはルビーと出会ったときには既に不治の病にかかっていた。進行が緩やかでルビーは気づかなかった。ルビーが気づいたのは彼女が倒れたときだった。


 修道長が言うには身体に狂おしい程の痛みが出ていたはずだと。でもいつも明るく辛い顔など見せたことがなかったので、ルビーは気づかなかった。


 倒れた後は悪化する一方でベッドに寝たきりとなった。彼女が不治の病と聞いたとき、修道長に外出許可を申請し手元にあるアクセサリーを掴み修道院では取り扱えない高価な薬を買いに走った。


 修道長に許可を得て彼女の薬の手配や世話をかってでた。


 でもどんな高い薬も彼女には効かなかった。


 どんどん悪化していく中でも笑みを絶やさぬウェンディ。


 もしかしたら自分のせいで彼女は楽になれないのかもしれない、何もしないのが優しさかもしれないと思いつつ、やめられなかった。


 彼女はとっくに覚悟を決めている。それなのに自分は……。やっぱり私は勝手なままなのかもしれない。


 でも……彼女を失いたくなかった。






 だが、その時は来た。


「ウェンディ……」


 グスングスンと鼻をすする音が至るところからする。


 彼女との永遠なるお別れの時が来ようとしていた。


「ルビー……ありがとう」


「ウェンディなんでお礼なんて……なんにもしてあげられなかったのに。救ってあげられなかったのに……」


 むしろ苦しみを長引かせてしまったかもしれない。


「覚悟してたけど、やっぱり長く……少しでも長く生きたかった。あんたの持ってきてくれたお菓子……美味しかったしね……」

 

 もっと貰ってくる……その言葉は出せなかった。


「こちらこそ、ありがとう」


「あんたからそんな言葉が……出てくるなんて……これで安心して逝けるわ……。皆もありがとう……」


「…………………………」


 これ以上彼女にかける言葉を見つけられるものはいなかった。無言で涙を流すのみ。


「ルビー……地獄で……待ってるわ……………ね……」


 その言葉を最後に息を止めたウェンディ。


 嗚咽で部屋が満ちた。


 ルビーはポツリと呟いた。


「あんたはきっと天国行きよ」


 人に笑顔を与え、救ってきたウェンディには天国が似合う。自分と違って。





 

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