125.アリスにお任せ②
「なにはともあれアリス様、誠に助かりました。何を言っている!アリス様なら一人で何百枚だろうと何千枚だろうと刺繍できるに決まっているだろう!と自信を持って言いたかったのですが……。普通の人間にはできぬことを王族にやらせろなどと私の口からは言えなかったものですから」
「…………国内一切れ者で腹黒い公爵にそんなにもできる人認定されているなんて光栄だわ」
「私の腹黒さなどアリス様の足元にも及びません」
おほほほ、あはははと男女の薄ら寒い笑い声が庭園に響く。
「それにしてもあの眉髭のショックを受けた顔……まさに雷にでも当たったような顔でしたなぁ」
「おほほ、実に愉快愉快」
「あはは、誠に愉快愉快」
今度はおほほほほほ、あはははははと実に愉しげな笑い声と愉快コールが響き渡る。
「アリス……公爵……」
いくら嫌いな相手でもそこまで声高らかに喜ばなくても。ブランクや庭園にいた侍女や使用人はドン引きだった。思わず顔に出るほどに。
「んっ、んんっ」
自分たちを周りの者がげすい、と見ているのに気づいた公爵は誤魔化すように咳払いをする。
「それにしてもブランク様、刺繍がお上手ですね」
「私も王族だしね。少しでもアリスの役に立てたらと思ったんだけれど」
ブランクは妻のアリスが一人で刺繍をやると聞いた時、慌てて刺繍の練習を始めた。んな無謀なと周りの者は思ったが意外とセンスがあった。
1時間後には見事なバラが出来上がるほどに。
というわけで自分もと手伝っているわけだが……
「私の手伝いなど不要だったかもしれないね」
ブランクはちらりとアリスを見る。公爵もアリスを見る。
二人の目に映るのはチクチクと小さいながらも見事な3つの薔薇を真っ白なハンカチに刺繍していくアリス
と
彼女の後ろに浮かぶ数十枚のハンカチ。
全てのハンカチに針と糸がついている。アリスの手の動きに合わせて針が勝手に動いている。魔法だ。
こんな一気に緻密な魔法を使えるのはアリスくらいだ。
すごいことなのだ。
すごいことなのだが……
少々気味が悪い。
「公爵まで手伝ってくれなくても良いのに」
「助けていただきましたので」
公爵は2人が刺繍を終えたハンカチに丁寧にアイロンをかけていく。アリスが何十枚も仕上げるので忙しない。
「忙しいでしょう?」
「そうでもありません」
「あはははは。そうよね何人もの愛人を囲って楽しむくらいの時間はねぇ?」
「あはははは。そうですな。過去のことでございますがね、アリス様」
ニコリと微笑み合う2人。片方のこめかみには青筋が浮かんでいる。
「冗談はさておき、帰省したときに子供たちを助けてもらったし気遣い無用よ。その時のお礼に渡したブローチが役立って良かったわ。自分の仕事に戻って大丈夫よ」
まだ歩けもしない子どもを公爵に巻き付けたのは良い思い出だ。公爵にとっては未だにうなされる悪夢だったが。
「王孫をお守りするのは臣下として当たり前のことです。まあお言葉に甘えて会議の場では助けてもらいましたが。私達の間に貸し借りなどねぇ?利用し利用されるのが我らの仲でしょう?」
「ふふふふ、公爵は話が早いから助かるわ~。もちろんあなたが困っているときは気が向けば助けてあげるわよ」
バチコンとウインクをかまされ、ははと引きつり笑いを浮かべる公爵。気が向いたらとは……まあアリスらしい。
二人のやり取りをこっわーと見ていたブランクの目が輝いた。
「「ただいま~!」」
「ラルフ!オリビア!おかえり~!」
アリスに駆け寄ろうとする二人をアリスの前にヒョイッと身を移動させたブランクが抱きしめ頬ずりした。
「「わあ!?」」
子供たちが驚いて声を上げるのをアリスと公爵が微笑ましげに見つめる。
「二人共楽しかった?」
「うん!今日もとーーーーっても可愛かったぁ」
「お母様!僕も赤ちゃん欲しいよ~」
「あらあら、子は授かりものなのよ」
「「え~~~~~~」」
「あなたたちくれぐれも勝手に連れてこないようにね」
チラリと控えているエリアスに目線をやるアリス。コクリと頷くエリアス。可愛い我が子達なのだがやりかねない。
「「わかってるよ~」」
本当にか。皆ニコニコしながら心で呟く。双子とエリアスは最近赤ちゃん見たさにルビーの家に度々お邪魔していた。
最初は露骨に嫌な顔をしていたが毎回手土産を持たせていくと致し方なしとばかりに態度は和らいでいった。
「今度ね、ルビーちゃんの旦那さんに会うことになったのよ!」
「近所の人がね、ルビーちゃんの旦那さんはとーーーーっても優しくていい人なんだよって言ってたから会えるのが楽しみなんだあ」
「そうなのね。ルビーさんは素敵な方と出会えたのね」
アリスの言葉にルビーは素敵な人と出会えたのか……素直に良かったと思えるブランク。色々とあったができれば彼女にも幸せになってもらいたい。
うんうんと思っていると何やら視線を感じた。
アリスだ。アリスが何やら見た目は輝かんばかりに素敵なのに不穏な空気をはらんだ笑みを浮かべて自分を見ていた。
えっ?なんだ?
口を開こうとしたが
「お母様、ルビーちゃんが今度はフルーツタルトが食べたいって言ってたわ」
「僕もお母様が作ったフルーツタルトが食べたーい!」
「あら、じゃあ久しぶりに作っちゃおうかしら」
「「わ~~~~い!」」
我が子の喜ぶ姿に閉口したブランクだった。




