121.追放後のルビー⑤ 変化
それからルビーは少しだけ変わった。
いや、馴染んだというべきか。
「おい、早くしろよ!他の姉ちゃんたちはもっと早えぞ!急いでんのに……このノロマが!」
一人の青年の怒鳴り声が響く。
「新人なんでごめんなさーい。急ぎますね」
「ったく何が新人だよ。ここに来てもう結構経ってるだろうが。まあ俺は寛大だから許してやるよ」
男は腕組みをし、足をどかっと開き長椅子に腰掛けた。暫くして順番が回ってきたときも男はその姿勢のまま足の怪我を診るため跪くルビーを満足気に見下ろしながら治療を受けていた。その男が去りルビーは口を開いた。
「……長椅子に足開いて座るんじゃないわよ。ていうかしょうもない怪我で何回も何回も来んなっつーの。二度と来んな若造が」
「ルビー……」
「ルビーちゃん……」
近くにいた修道女や患者が引き気味にルビーを見ている。その一方で笑う者もいた。
「あははは、あいつルビーちゃんに気があるのよ」
「ルビーちゃんは顔はまあまあ可愛いのに口が悪いわね~」
「まあまあはいらないわよ。それに気があるなら優しくするべきでしょう?」
「男は強引さが大事だと勘違いしているからね」
「あれは強引じゃなくて傲慢よ」
「おっ、うまいねー」
「ほら、おしゃべりしてないでさっさと手を動かしてちょうだい」
「ウェンディ、あんたに言われなくてもやるわよ」
ふん、と鼻息荒く次の患者を診るルビー。
「あの子変わったわねぇ」
修道長がウェンディに話しかける。
「そうですね。お貴族様の世界にいたとは思えないくらい口が悪くなりましたね」
「まあ、ふふっ。表情が穏やかになったし、手付きが優しくなったわ。何よりも自分から人と関わりを持とうとするようになったわ」
「態度はでかいですけどね」
「人間ですもの。いろいろな感情があって当然よ。それにあなたが一番あの子の変化を喜んでいると思ったのだけれど」
「…………修道長。ぼけるにはまだ早いですよ」
「おほほほほ。あなたも早く次の患者さんを診に行きなさいな」
穏やかな微笑みを浮かべる修道長のこめかみに青筋が浮かぶ。
「はーい」
少々お行儀悪く修道長に背中を向けたまま手をひらひらとさせるウェンディ。そんな彼女の背中を見送る修道長の目は…………悲しみの色に染まっていた。
――――――――――
ここにきて1年弱
相変わらずここでの生活は辛い。忙しすぎるし、ムカつくやつの多いこと多いこと。手も荒れてしまった。
でも……思ったよりも悪くないかもしれない。
皆で支え合って、助け合って、自分はここにいていいんだと思える。
自分には血筋しかなかった。父親は可愛がってくれたけれど祖父は賢く美しい従姉妹ばかり目をかけ、王宮では皇太子妃たるマリーナの方が優遇され期待されてルビーはその場にいるだけだった。
貴族において血筋というのは大事でそれで良いと思っていたけれど、今思えばどこか空虚だった。
ここでは自分もちゃんと役立っている。それにほっとする。
それに最近は…………ちょっと気になる人もできた。
「ルビー!こいつの治療頼む」
「ボスさん!」
この修道院近辺の貧民街を束ねるボスだからボスさん。一度腹を切られて来院した彼を手当してから何かと気にかけてくれる。
彼はよく怪我をした子分たちを連れてくる。そして
「ルビーこれやるよ。お前に似合うと思ってな」
「わあ、ありがとう。でも付けていくところないし……売っちゃっても?」
「あははははは!ルビーにあげたんだから好きにしていいぞ!あとこれ今流行りの菓子もあるぞ」
「わあ、美味しそう!」
彼女が持っていたアクセサリー類に品質は劣る。だが、嬉しいと思う気持ちは今のほうが強く感じる。
仕事が終わり部屋に向かうルビーに修道女見習いの女性から声がかけられる。
「ルビー今日またお菓子貰ったんですって?1個分けてよ」
彼女の隣にはビアンカもいる。最近彼女には避けられているよう。何かしてしまっただろうか?
「はいどうぞ」
ルビーが女性とビアンカの分のお菓子を2つ取り出し渡すと、女性が声を上げた。
「あら、残り1つじゃない。返すわ」
「大丈夫よ、たぶんまた貰えるし」
その言葉にビアンカがルビーを軽く睨みつける。
「えーいいの?」
「いいのよ。食べすぎて太ったらボスさんが泣いちゃうじゃない」
「それじゃあお言葉に甘えましょうかね」
ルビーが視界から消えると口を開くビアンカ。
「なんか……変わったわね。ルビー」
「え?そうね接しやすい感じになったわよね。同じ人間になったって感じ。ツンケンしているようで優しいところもあるしね」
「優しい?男に媚売るのがうまいだけでしょ。売女が……」
「どうしたのよビアンカ。前はルビーのこと気にかけていたじゃない」
「だって男を誑かしていい気になってるから!」
「ボスさんがルビーを気に入ってるだけじゃない。でもそのおかげでウェンディが……」
「そんなことない!あの女が誑かしたのよ!」
女性はビアンカの目に宿る憎悪に言葉を失った。
彼は……ボスは…………自分が恋い慕ってきた相手だというのに。後から来た分際で、人の男を取るなんて…………
許せない。




