13.婚約破棄
時は流れ今日は王宮の大広間にて皇太子オスカーの誕生日を祝うパーティーが開かれていた。主役のオスカーは穏やかな微笑みを浮かべ、皆からの挨拶と贈り物を受け取っていた。その傍らには、婚約者のアリスが同じく穏やかな笑みを浮かべ立っていた。
アリスが着ている淡い紫色のドレスは本日も姉のお下がりをアレンジしたものだ。身につけているアクセサリーも姉たちのお下がり。というよりもパーティーに新品のものを付けて参加したことは彼女の人生で一度もない。
お下がりだろうが古いものだろうがカサバイン家の面々が纏うドレスやアクセサリーを除けば、彼女が身につけているものは王家を含め誰よりも最上質のものばかり。
そして……アリスの見た目はカサバイン家の者を含めても一番美しい。皆美しいが16歳になったばかりの少女……大輪の華が咲き誇るお年頃。クセも枝毛もない真っ直ぐに伸びた金色の髪の毛はシャンデリアの光が反射して煌めいている。紫色の瞳はどんな宝石よりも美しい。色っぽすぎず、絶壁すぎない抜群のスタイル。
100人中100人、いや全人類が美しいと認めるであろう美貌、スタイル……しかし、彼女に向けられる周囲からの視線は相変わらず軽視、蔑みの色ばかり。
この場で誰よりもその色を彼女にぶつけているのは王妃だ。その瞳に宿るのは蔑みだけではない。それは嫉妬。アリスの並々ならぬ奇跡の美しさ……若さ……最愛の息子の婚約者。年々その思いは増すばかりだったようだが今日は少々違うよう。愉悦……期待が混じっている。
「アリス、今日は私の誕生日だ」
皆からの贈り物を受け取ったあと、オスカーはアリスと向かい合う。
「そなたに贈り物をお願いしても良いだろうか?」
フワリと微笑むアリス。
「アリス……いや、カサバイン嬢。私との婚約を破棄して欲しい」
アリスは何も返事をせず、チラッと王妃を見る。
……眩いばかりの笑顔。一国の王妃がそれで良いのか。
「そして……ジュリア。私の生涯の伴侶になってほしい」
アリスの返事を聞くことなくジュリアに手を差し伸べ愛の告白をする皇太子。
「喜んで」
こちらもまたアリスを気にすることなくイエスの返事&オスカーの手に自らの手を重ねるジュリア。わああと溢れんばかりの歓声がわく。皆が待ち望んだ瞬間なのだから当然だ。
アリスは何も言葉を発しないまま会場を後にする。扉をくぐるとき再び王妃に視線をやると視線が交わった。婚約者に捨てられた哀れな彼女の姿を目に焼き付けるかのように凝視している。
その目は歓喜でキラキラ……いや、もはやギラギラと怖いほど輝いている。スッと視線を外す。背後から王妃の高笑いが聞こえてくるようだ。
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婚約が破棄されてから、一週間。アリスはリリアと庭園でお茶をしていた。リリアも16歳となっていたが、相変わらず美人というより可愛いという言葉が似合う女性になっていた。
美女とかわいこちゃん。実に絵になる。
まあ、それを見る周りの使用人たちはそうは思っていないが。彼女らの目には婚約者にも捨てられた妹を慰めているお優しいリリア様。あんなクズ、なんの役にも立たない公爵家のお荷物としか映らない。
彼女たちはアリスが追い出されるのを今か今かと待ち構えている状態だった。なんの能力もない人間……せめて嫁に行って役に立てよ。ここにはそんな無能いらないと彼女への態度は悪化していた。
……むしろ彼女たちにどんな価値があってそんなことを思っているのかは不明だが。
リリアは自分に向けられる温い視線を浴びながらアリスに話しかける。
「まあ、想像通りよね。あなたがこの国の王妃になるなんてありえないわ」
その声音は少々冷たい……というより適当な感じだった。
「まあ、そうね」
心底どうでも良さそうな返事。
「それにしても破棄ときたのね」
「そうね」
「慰謝料は?」
「王家は私の評判があまりにも悪いから破棄だと言ってるけど、カサバイン家の貢献度を考えてチャラだって」
「ふ~~~~~ん」
「なによ?」
「反論しないんだ」
「反論なんて必要無いわ、十分楽しませてもらったもの」
その言葉にリリアはげっとした表情になる。愛らしいリリアのイメージが霧散する。
「見られてるわよ」
「私は心優しくぶりっ子のリリア様よ。本当の中身なんかどうでも良いの。人は見たくないものからは目を逸らすものよ」
「そうね」
それにしても、この前の王妃や貴族たちからの視線はなかなか良かった。アリスが傷ついていると思い込んで、愉しそうだったあの目の輝き。
ニヤニヤと笑うアリスに更に顔を歪めるリリア。
「本当にヤバいわね」
「あら……?リリアお姉様だって似たようなものでしょう?」
皆から愛されたい。可愛いと思われたい。大切にされたい……だけではない。リリアだって本当は周りの人間に良い感情など抱いていない。本当の自分を見てもいない、本当の扱いを察することもできない人間だと見下している。
「私のは皆が感じる感情よ」
「あら、じゃあ世の中はヤバイやつが多いのね」
「そういうことにしておきましょうか」
二人は優雅にカップを口に運ぶと口元に笑みの形を彩った。




