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公爵家の末っ子娘は嘲笑う  作者: たくみ


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114.不幸?

 そう、昨日買い出しを頼まれていなければ彼らと会うこともなかったのに。


 修道長に頼まれたものを全て買い終え修道院に戻る途中、まだ幼い子供が二人だけで歩いているのに気づいた。小さい子供だけで歩いているなんて珍しい。


 この辺りは貧民街ではないが治安が良いとも言えない。子供だけで歩いていたら人さらい等の危険もある。別に見て見ぬふりしても良かったのだが、周囲の大人たちがぼーっと二人を見ているのに気づいた。保護目的なのか人攫い目的か……。


 はーっと息を吐き後ろから近づき声を掛ける。



 振り返った二つの顔に身体が固まった。



 なぜ周囲の人が見ていたのか理解した。彼らは見惚れていたのだ……類稀なる美貌に。


 だがルビーが固まったのはそれだけが理由ではない。



 その顔は


「アリス…………」


 あの女を思い起こさせる顔だったから。

 というかリトルアリスだ。


「お母様のこと知ってるの?」


 女の子が可愛らしい声で尋ねてくる。なんとも涼しげで気持ちが洗われるような声だ。お母様……やっぱりアリスの子だ。


「え、ええ昔ちょっとね」


「「へー」」


 二人の綺麗な澄んだ紫色の瞳がじろじろと顔に向くのがわかる。


 なんか恥ずかしい。


「あなたたち髪の毛の色はどうしたのよ?」


 確か金色と銀色だったはず。彼らが生まれた時に新聞で見た覚えがある。


「お母様が目立つから王宮の外に行くときは色を変えなさいって言うの」


 へー、子供の身を案じてアドバイスするなんてあの女もちゃんと母親やってんのね。あまりにも美形過ぎて髪の毛の色を変えても目立っているけれど。


 やばい王子妃の子供に手を出す人間は恐らくいないだろうからバレても心配いらないのかもしれない。そもそもあの女なら子供たちの居場所くらいちゃんと把握しているに決まっている。


 ………………もしかして、今自分と一緒にいることもバレているんじゃ?もうあの女とは関わりたくない。大人しく生きていくと決めたのだ。


 逃げよう。


 一歩後退ると子供たちの不思議そうな視線とぶつかった。


 いや、いくらなんでも保護者がいないのにこのまま置いて行っていいの?でもアリス……。ていうかなんで王族がこんなところをフラフラと歩いているのよ!


 そうだ護衛!王族なんだから護衛がついているでしょ!


 キョロキョロと見回すがわからない。隠れるのうますぎでしょ!


 どうするべきか……やっぱり逃げ――――!?



 あれは…………猛スピードで駆けてくる者が視界に入る。ちょっと老けているが間違いなくブランクだ。近くを走る者たちは彼の護衛だろうか。


 ブランクはあんなにも夢中だった自分には目もくれず我が子達だけを見つめている。それに気づいたとき逃げようとしていた足が止まった。


 寂しさ?


 安堵?


 ああ、ブランクとの奇妙な絆は無くなったんだ……7年かけて心にストンとその事実が収まった感じだった。





 ――――のだが、なぜまた現れた。


 しかも自分の家に。


 赤子をじっくり愛でて気が済んだのか、ブランクは今自分と向き合って座っている。ちなみにまだ子供たちはキャッキャと飽きずに赤子と戯れている。


「ルビー久しぶりだね」


「そうですね」


「可愛いお子さんだね」


「ありがとうございます。甥っ子です。主人の姉が体調を崩しているので一時的に預かっているんです」


「ルビーの子供じゃないんだ。あ、でも主人……結婚したんだね」


「はい」


「そ、そうなんだ。…………あっ、でも修道院行きになったのに結婚……」


「逃げたわけではありませんので、ご心配なく」


 人には色々と事情というものがあるのだ。ルビーは堂々と修道院を出た。色々あったが修道院の人々には感謝している。今でもボランティアとして働かせてもらっている。


 それはさておき、おろおろと話しかけてくるブランクに無性にイライラする。なぜ王族の彼が自分などの顔色を窺うのか。


「ごめん……あんまり聞いてはいけなかったかな?でも思っていたより元気そうで良かった。良かったなんて思ったら駄目だよね。きっと君は色々な辛い目にあったことだと思う。私が君に懸想していなかったらきっともっと違う人生を君は歩んでいたはずだよね……」


 ブランクだけが悪いわけではない。むしろ彼の気持ちを利用し気に入らないアリスを虐めたのは自分だ。だが、アリスに対し酷い振る舞いをしていたはずのブランクは今も王族として生活している。


 それに少々思うところがあるのは事実。


 だが憎いかと問われればそうでもない。


 今ここにいるのは民に対する自分の浅はかな言動故だ。アリスに対する行いのせいではないのだから。自業自得。まさにその言葉がぴったりと当てはまる。



「ええ、とても辛い日々でした」


「……ごめん」


 下を向いて痛ましいと言わんばかりの表情をするブランクに無性に苛立つ。


「修道院行きになりさぞ苦労しただろう。いや、苦労したに違いない。きっと不幸になっているに違いない。そんな風に決めつけるのですね」


「あ、とそんなつもりは……」


「辛かった。自分がなぜこんな目にとも思いました。でも今私は不幸なんかじゃありません」


「え?」


 ブランクが探るような目を向けてくる。その目を真正面から見据えるルビー。


 不幸……不幸とはなんだろう。修道院で何もなかったなんて言えない。大っ嫌いなやつも、何様だと思うやつもたくさんいた。貴族時代には考えられないような理不尽な目にだってあった。


 でも、良い出会いもあった。


 色々な経験値も上がった。


 お前は今不幸なんだとなぜ決めつけられなければならないのか…………ドロドロとした感情が渦巻く。



 いけない、相手は王族だ。ふーっと息を吐いて心を落ち着かせる。


「教えません。どうしても気になるなら奥様にでも聞いてください」


 なぜかアリスなら自分がどのような生活をしていたか知っているような気がする。そんなはずないのに。


 困惑するブランクから目を逸らし、話をする気はないと目を瞑る。


 ラルフとオリビア、そして甥っ子の楽しげな声が聞こえてくる。


 ――――まだまだ帰らなそうね。


 


 修道院での生活……か。


 少し思い出してみようかな。


 辛くて辛くて苦しくて、でもどこか自分を好きになれるような場所だった。




 

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