109.双子の心配事
「なあ」
「どうした?」
「なんかあの辺り暗くないか?」
「バカ、見るんじゃない!目をつけられるぞ!…………でもまあ、お二人の気持ちがこう空気に滲み出ちゃってるんだろうな」
お気の毒に……と。そんな会話が交わされるのは王宮にある一室。
そしてそんな会話をする彼らはお偉いさん方に扱き使われるペーペー補佐官。
彼らが気にしないように努めるもののついついチラ見してしまう先にいるお二人は――――――
ダイラス国皇太子妃マリーナの父であるブレッツェル公爵と第三王子ルカの妻であるラシアの父にしてアリスにハゲ大臣と呼ばれたハーゲ伯爵。
二人が放つジメジメオーラで室内は息苦しい。ただでさえ怖い二人、膨大な量の仕事だというのに……勘弁してほしいところである。
トントントントントントントントン
「公爵~」
「ハーゲ伯爵~」
少々忙しないノックの後、どうぞという声とほぼ同時に飛び込んできたのは第四王子であるブランクと妻アリスの愛息子ラルフ5歳と愛娘オリビア5歳だ。
なんとも言えない淀んだ空気は彼らの登場により霧散した。父親の遺伝子はどこにいったといわんばかりに見事にアリスの美貌を受け継いだ二人。そんじょそこらではお目にかかることのできない美貌を持つ二人は非常に目の保養である。
淀んだ空気を放出していた公爵とハーゲ伯爵の表情も明るくなる。双子ちゃんはジジイ二人によく話しかけてくる。愛らしい姿でありながら賢い双子との会話はジジイ二人にとっても楽しいものであった。
ちなみに双子ちゃんにまでハーゲと呼ばれるハーゲ伯爵。彼はアリスがハゲ大臣ハゲ大臣と呼んだ為皆からハーゲ伯爵と呼ばれるようになった
というわけではなく、もともと家名がハーゲであった。
アリスがハゲハゲ言って以来、ハーゲ伯爵と呼ばれる際に頭部への視線が増えたこと増えたこと。その視線に含まれる感情で好意的かそうでないかが見えることもあり身辺整理できた。足を氷漬けにされたり切断されたりハゲ大臣と言われたりと恥をかいたが今となっては良い思い出である。
それはさておき
「ラルフ様、オリビア様この爺たちに何かご用ですか?」
「あのね、公爵」
「はい、なんでございましょう?ラルフ様」
膝をついてラルフと視線を合わせる公爵。ラルフの煌めく瞳にデレデレとした表情の公爵が映る。
昔背負われて共に逃げ回ったからか双子はよく公爵に懐いている。
…………祖父である王以上に。
たまに悔しそうな、妬ましそうな視線を感じるのは良いのか悪いのか。まあ個人的にはちょっと嬉しい。
公爵の心の内はさておき、ラルフとオリビアは顔を見合わせ頷き合うと言った。
「「なんだかお母様が変なの」」
「「それは……いつものことでは?」」
「「………………………」」
「「………………………失礼しました」」
何を言っているんだと首を傾げる子どもと大人が見つめ合うこと数秒、大人が折れた。
「ごほんっ、えーっ……どう変なのですか?」
伯爵がその場を取り繕うように咳払いをした後に尋ねた。彼の問いに双子は再び互いに顔を見合わせる。
「うーん……どうって言われると…………ねえオリビア」
「何かが変としか言えないわ…………ねえラルフ」
ここ、とは言えないが何かしら違和感があるよう。
「今王宮が少しごたついておりますので、そのせいではないでしょうか?」
「伯爵!お母様はそんなことは気にされないわ!少し仕事は増えたかもしれないけれど……お母様にとっては微々たるものよ。それにごたごたなんてお母様の大好物よ!ニタニタよ!」
「オリビアの言うとおりだよ。人の不幸は蜜の味だよ!」
お、おお。本当に目の前にいるのは5歳児なのか。
「もしかしてご夫婦の問題とか」
「円満よ。お父様はお母様の奴隷君よ」
伯爵の閃きは即座に切り捨てられた。
「お父上には相談されたのですか?他人ではわからずとも夫君であるブランク様であれば何か気づく点があるかもしれませんよ」
「お父様はあんまり頼りにならないから……」
公爵の穏やかな微笑みつきの提案をオリビアは哀しげな微笑みつきで静かに切り捨てた。
憐れブランク王子。
「……ですが夫婦というものはお二人が思っているよりも勘づくことがあると思いますよ」
めげずに再び挑む公爵。
「「でも……」」
双子はもじもじとした後に言い放った。
「「お父様は素直だから……。公爵と伯爵は腹黒いから、お母様の考えていることがわかるかと思って……」」
おう…………。
双子が抱く我らの印象とは。
こんなに愛らしい子供たちにこんなことを言われるとは涙が出そうだ。
なぜこんなに可愛らしい二人に腹黒いなどと言われないといけないのか。アリスのせいだ。そもそもあのアリスの思考などわかるはずもなし。というかわかりたくもない。
もう開き直ろう。
「きっと大丈夫ですよ。アリス様は強い御方ですから」
「そうですよ。身も心も鋼鉄ですから大丈夫ですよ。人の足を凍らせて折っちゃうくらいには」
「「そっか……そうだね!お母様だものね!」」
フワリと花が咲いたような笑みが二人の顔に浮かぶ。
室内にいる者たちの脳内にも花が咲いた。
「ありがとう!公爵と伯爵の方が色々と大変なのにごめんなさい!」
「早く解決するといいね!」
と叫んで去っていく二人。
室内に静寂が満ちる。
――――解決……するのだろうか。
再び室内に負のオーラが漂う。
補佐官たちの心は一つだった。
ラルフ様、オリビア様、カムバック!




