帰郷遊戯⑫
王妃が服毒してから3日後、王宮内はまだ色々と慌ただしい雰囲気だったがとりあえず帰国することにしたアリスたち。
ジュリアの父である宰相に帰ると言ったら、こんなにやらかしたのに帰るのか!?と騒いでいた。だがそもそも皇太子が起こした騒ぎでしょう?とガルベラ王国の問題は自分たちで後始末をして頂戴とアリスが一刀両断した。
アリスにとってはガルベラ王国の宰相がなんか文句を言ってこようと痛くも痒くもないし、どうでも良いから放っておけば良い。宰相とは知己の仲だしぶつくさ文句を言われようと怖くもなんともない。
だが、この御仁はそうはいかない。目の前でブルブルと震えながら怒るのは公爵だ。彼は最初はもうなんか頭が大混乱でうまく働いていなかったから静かだったが、落ち着けば怒りが湧いてくるようで…………
「アリス様!本当にあなたという方は……いい加減になさいませ!!!」
現在公爵は激怒していた。
「そんなに怒らないでよ公爵。ごめんなさいって言ってるでしょう?」
「巻き込むなら巻き込むで宜しいのです!あなたが普通ではないことはわかっているのですから!あなたは王子妃、私は家臣、何かやらかすのであれば協力しましょう!ですがせめて事前に説明はするべきでしょう!?」
「いや、でも陛下や皇太子が使用人に目撃させて証言者にするって言ってたから、なんか何も知らないほうが必死感が出るかと思って……こう逃げ惑う感じ……?」
「必死感?必死でしたよ!!!もうこれまで生きてきた中で一番必死でしたよ!?魔法石の結界がいつまでもつかもわからないし!ラルフ様、オリビア様に傷の一つでもついたらと必死でしたよ!気づきましたよ!?嫌でもあなたの計算だなと気づきましたよ!?でも説明すべきでしょう!?」
「仰るとおりでございます。でも……守る自信はあったし……。あのもうそんなに怒らないで?血管浮き出すぎて切れそうよ?」
「怒りの発散で切れるものですか!むしろ叫ばずにいたら切れてしまいますよ!!本当にね!貴方様がやることは目茶苦茶過ぎです!エレナ様や廃妃様と堂々と渡り合ってきたのでしょう!?なぜあなたにだけ彼女たちのような品格が、落ち着きがないのですか!?」
「いや、あの……品格、落ち着きっていうか貫禄じゃない?二人はそれなりに歳いってるし、同じというわけには。それに廃妃様は私のこと虐めてたのよ?品はないような……」
「お黙りなさい!!!」
「はい!ごめんなさい!!」
その後も続く説教という名の鬱憤晴らし。かつての愛妾問題まで言ってくる始末。意外とちっちゃい男なのね公爵とか思ってると睨まれた。
怖っ。
その様子を部屋の外から聞いている者がいた。オスカーとジュリアだ。アリス達が帰ると聞き訪ねてきたのだが、オスカーはアリスに会う勇気が出なかった。扉の前でもたもたしていたら公爵がキレだして余計に入れなくなってしまった。
「オスカー……」
「ああ、わかっているよ」
扉をノックしようとすると
『もうくどいわ公爵、行きますよ』
『は?まだ説教の途中ですぞ!』
『はいはい。大丈夫戻ってから聞きますよ~…………っと』
『ちょ』
聞こえなくなる声。ノックもせずに慌ててそのまま扉を開け放つオスカー。
目の前には一人部屋に残るアリスが立っていた。
「あら、何を慌てているの?陛下にはここから直接帰って良いと許可を得ているわよ」
「ああ、聞いているよ」
それ以上言葉が出てこないオスカーの代わりにジュリアがアリスに声を掛ける。
「アリス、娘のためにありがとう。ラルフとオリビアに怪我がなくて本当に良かったわ。それに……お義母様のことも。先程目が覚めたと聞いたわ。あなた最初からお義母様のこと救う気でいたんでしょう?」
「………………さあ?」
フフッと笑うアリスの本音を顔から窺うことはできない。
「アリス、この前は悪かった。母上が毒を飲んだことはお前のせいではないのに。自分の責任ではないと……とっさに誰かに責任を負わせたくなってしまった。本当にすまない」
オスカーは自分が母親を陥れたから毒を飲んだと思っている。自分があんなに大切に育ててくれた母よりも妻や子供の方を取ったのだ。だが母がこの世からいなくなるかも、と感じた時に自分のせいだと認めたくなかった。
「あなたのせいではないかもしれないわよ。きっかけはそうであれ、彼女が何を思って毒を飲んだかはわからないでしょう?オスカーのせい?ジュリアのせい?私のせい?カサバイン家?宰相家?それとも他の家臣?フフッ誰もが心当たりが多すぎてわからないわね」
愉快そうに笑うアリス。彼女はその答えを知っているんじゃないかと思う。彼女は誰よりも母のことを理解していたから。
「アリス……『アリス様ーーー!』」
アリスに声をかけようとしたオスカーの言葉がどこからか聞こえてきた怒鳴り声に遮られた。
「ヤバ、あっちと空間繋げたままだったわ」
『まだお説教の途中ですよ!早くこちらに戻ってきてください!』
「あら嫌だ、怖いわ~」
公爵の声に全然ビビった様子もないアリス。これぞまさに典型的な言葉だけというやつだ。
「小五月蝿い公爵が待っているから行くわね」
「あっ、ああ」
オスカーは反射的に返事をしていた。が、ジュリアは違った。
「アリス」
下半身が消えたアリスがジュリアの強い視線を受け止める。
「私は負けないわ。あなたの思うようにはいかないわよ。私はこの国を盛り上げて見せる。お義母様以上に」
「ジュリア……何を言ってるんだ?」
「…………あら、それは困ってしまうわ。私はあの方に悔しい顔をしてほしいのに」
禍々しいほどに美しく嘲笑うアリス。
その笑みはお前には無理だと言われているような気がするジュリア。彼女は口を開く。
「私達は友であり、敵になったのね……」
「立場が変わったものね。友への想いは変わらない……大事な大事な存在。けれど自分の国を守り、自分の国の利益を一番に考える。それがたとえ他国を蹴落とすことになっても」
一旦言葉を止めたアリスとジュリアの視線が強く交わる。
「「それが妃の宿命よね?」」
消えるアリス。
「ジュリア、今のは……」
「さあ、早くお義母様のところに行きましょう」
「あ、ああ」
何もなかったように振る舞うジュリアにオスカーはそれ以上言葉をかけることはできなかった。




