帰郷遊戯⑦
翌日。
続々と王宮から帰国していく馬車が出発する中、王妃とエレナとアリス&双子ちゃんはお茶をしていた。
「王妃様ご覧くださいませ。我が家の孫たちの美貌を!我が子たちも皆赤子の頃から人外の美しさを誇っておりましたが、まさか孫たちも皆美しいとは。ほら王妃様もっとご覧になってくださいませ。これだけの美赤子を見る機会などありませんよ」
「オスカーも可愛い顔をしていたわ」
「ええ、もちろん皇太子様も可愛らしいお顔立ちでしたわ。でもこの子たちと比べたらちょっと…………」
「お母様、そんな事実を言っては駄目よ」
「…………………………」
この親子は相変わらずだ。すやすやと眠る双子は確かに可愛い。いや、もう可愛いなんてものじゃない。王妃から見ても人形かと思うくらい美しい。
「それにこの瞳……アリスとそっくりだと思いませんこと?」
「ええ。とても綺麗な透き通った紫色の瞳ね」
「桁外れの魔力量を持つ者の証ですわ。溢れんばかりの魔力を魔法としてどれだけ使いこなせるかはわかりませんが……。アリスがきっとうまくこの子達の可能性を引き出していくことでしょう」
理由はわかっていないが魔力量は瞳に現れる。膨大な量を持つ者は紫色や碧海色の瞳を持つ。その中でも透き通っているほど桁外れの量となる。
「羨ましいことね。王家にはそれほどまでの魔力量を持つ者は未だ誕生したことはないもの」
「恐縮にございます」
そう言いつつアリスは王妃をじっと見つめる。本当に読めない人だ。先日のように皆の前で人を貶めるような愚行をすることもあれば、今のようにどんな言葉にも余裕をもって
微笑むこともある。
「それにしても……」
チラリとラルフを見るアリス。
「ダイラス国では王位継承は男児のみ。我が国の王妃などはもし義兄のところに男児が授からなければラルフを後継者になどと仰るのですよ」
ラルフから王妃に視線を移す。王妃の表情は変わらない。アリスは目をゆったりと細めると媚びるように微笑んだ。
「本当に困ってしまいますわ。我が国には既に義兄に姫がいるのですが後継者は男児のみという決まりがあるのです。ですからラルフが王位に……などという話が出てきてしまうのですわ。
ガルベラ王国は女性にも皇位継承権があってよろしいですわね。これも陛下や王妃様が男女別け隔てなく遇するべきだという尊い考えをなさっているからですわ。既にアナベル姫がいるのですから安泰にございますね」
アリスの言葉を興味なさげに聞きつつ茶を飲んでいた王妃は、カップから口を離すと言った。
「アナベルが女王になることはないわ。わかっているでしょう?」
王妃の声音が冷たくなる。
「もう良いわ。ねちねちと鬱陶しい。ここからは本音で話しましょう?」
毒花が咲き誇るかのように禍々しい笑み。
それを見たエレナとアリスはゆっくりと口角を上げる。
「今ジュリアのお腹にいる男の子が次の皇太子よ」
「お腹の子の性別は産まれるまでわかりませんよ」
「いいえ、次の子は男児よ。だって我が王家は代々男子が継いできたのよ。私が生きているうちにそれが変わることなどないわ」
ガルベラ王国は女性にも王位継承権がある。表向きは……だが。歴史上女王が誕生したことはない。どの王の時代にも男児が生まれたということもあるが、女では話にならないと女性を見下す王も他国にはいるのだ。男の王の方が都合が良いという理由から女王は敬遠されてきた。
「アナベル姫が女の子だから気に食わないのですか?」
「ふふっ。それだけではないわ。……わかっているでしょう?さっきからベラベラと自慢げに話していたじゃない」
人を見下すような笑み。その相手はアリスかエレナか、それともアナベルか。
「ええ、幼き頃から王妃様のことはよ~~~く見てきました。貴方様の思考はわかりますわ……不快な程に」
アリスの嫌そうな顔に一層笑みを深める王妃。
「女の子は後継者としての価値はないけれど……だからといって王家の人間として認めないわけじゃないわ。私があの子を嫌うのは王家の人間としてふさわしくないからよ。
まず顔よね。可愛らしいけれど所詮中の上辺り……美しいという感想は抱けないわ。
ジュリアの色を受け継ぐ赤銅色の髪の毛と瞳を持つ娘。王家は金髪に碧海色の瞳を持つと決まっているのに。……ああ、瞳は紫色でも可ね。だって魔力量が多い証拠だもの。
赤銅色の濃い瞳……王家の血を引くというのにあんなに魔力量が低いとは嘆かわしいわ。
なにか一つでも秀でているならまだしも何もないんだもの。何もないんだからいない者として扱っているだけよ」
まだ幼き孫に対する評価とは思えぬ言葉をすらすらと言い放つ王妃。
「容貌など美しく成長するかもしれませんよ。何も無いと言いますが今後王妃様やオスカー以上の賢さを誇るかもしれません。今見えるものが全てでは無いはずです。
そもそも認めるも認めないも間違いなくオスカーの血を引いているのですから王家の子です。妃は違いますが、そもそも王家の者とは能力ではなく血を指すのでは?その高貴な血を引くだけで十分ではありませんか?
もちろん将来あまりにも愚かな姫に育てば失格の烙印を押されるかもしれませんが、貴方方がそうならないように導いていくべきことです」
仄暗い闇を宿しなからも輝く王妃の瞳とアリスの静かな瞳が互いを見つめる。
「今可能性が見られないアナベルが悪いのよ。それに何か認められるようなことがあればすぐにでも認めるわ。それにそもそも私の愛情などなくても祖父や両親からは愛されているじゃない。私の愛など無くとも構わないはずよ」
「このまま才能が見出されなければ、あなたはずっとアナベル姫をいない者のように扱いそうですね。確かにあなたの愛などなくても構いませんが、あなたの態度一つで周りはアナベル姫の扱いを変えましょう」
「そう、ならばそれがアナベルの運命なのね」
ゆっくりとお茶に口づける王妃。
その表情は他人事だ。なんの興味もなく、どうでも良いといわんばかりである。




