帰郷遊戯⑤
滞在中、アリスはエレナの執務室にほとんど籠もりきりだった。ロナルドや兄姉たちも皆勢揃いしているよう。代わりに公爵がのんびり双子の面倒を見てデレデレしている姿があった。
そして懐妊祝賀パーティーの日となった。朝からバタバタしているカサバイン邸。そして支度も終わり馬車に揺られて王宮に向かうアリスと公爵。その他お付きの者は馬で向かう。ちなみに双子、イリス、フランクはお留守番だ。
馬車で向かうことにほっとした公爵はアリスから声をかけられた。
「公爵。小々不愉快な思いをするかもしれませんが我慢してくださいね。国やあなたがどうこうとかではなく、私がターゲットですから。何を言われても黙っていてくださいね」
「……承知致しました」
アリスの表情も瞳もいつもと何ら変わりないので彼女がどのような気持ちで言ったかはわからない。しかし、社交界で虐げられているという噂はやはり本当だったようだ。だが……
「アリス様……言い返さないのですか?やり返さないのですか?私が知っているあなたはやられっぱなしじゃないはずです」
「相手は大国の王妃です。いくら私でもやって良い相手といけない相手くらい弁えております。王家だけならいざ知らず彼らの後ろには控えている者がおりますからね」
アリスの実家は子を守るタイプではない。他の家だって国の為に子を切り捨てることなんていくらでもある。公爵は悲しいことだが……と考える。まあ娘のマリーナにそっけない態度を取っていたお前にそんな感情が湧くのか?という感じだが。自分のことは気づかぬものである。
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会場入りするとアリスに視線が集まる。
それは美貌によるものかそれとも……。まあ小国とはいえ王子妃なのだが、何やらコソコソ言う者もいるよう。アリスをチラリと見るも特に気にしている様子はない。彼女は王や王妃、皇太子夫妻がいるところをじーっと見つめているようだった。
そこでは各国から来た代表が祝いの品を渡している。王妃の指示によりガルベラ王国の使用人が声をかけた国から順番に行っているよう。規模の大きい国、王国と親しい間柄の国から順番に呼ばれていく。
ダイラス国は筆頭貴族であるカサバイン家のアリスが嫁いできているので早めに呼ばれると思ったのだが
…………………………呼ばれない。
いや、遅すぎないか。
「アリスさ……ま……………………」
アリスに声をかけようとして目を見張る。
嘲笑っている。
なんかめっちゃニタニタしている。
不吉だ。
「皆様、ありがとうございます。これで全ての国から贈り物を受け取ったかしら?それでは……」
王妃が仰々しく声を上げる。
は!?待て待て!まだ呼ばれていない!
「王妃よ……ダイラス国からのお客様が到着されたようだ」
そのまま先に進もうとするのを王が声を上げてストップさせた。さもいま到着したような言い方だが、ずっと前からいたことは皆知っている。王妃が嫌がらせをしたことに皆気づいただろう。周囲からのアリスを見る目が……変わった。やはりこの者は虐げるべき相手か……と。
「あら、いやだわ!忘れておりました!随分前から到着しておりましたのに……。ごめんなさいね?」
王のカバーを全力で無視する王妃。公爵は冷や汗が出るのを感じた。非常に不敬だ、無礼だ。されど相手は大国。口答えなど……。アリスも先程馬車で言っていたではないか……黙っていて、と。アリスが声を出す為に軽く息を吸った気配がした。
「構いませんわ~!」
「アリス、久しぶりね」
うん?なんかアリスの声が妙に高いうきうきしたような話し方なのは気のせいだろうか。
えっ………………まさか。
「はい、誠にお久しぶりでございます。それにしても……久しぶりという言葉が出るくらい年月は経ったのですね。私のこの絶世の美貌が目に入らぬとは……」
(意訳:こんな目立つ美貌が見えないなんて年取ったなババア)
嘆かわしいと言わんばかりに頬に手をあて軽く首を傾げるアリス。
「「「!!!」」」
アリスが言い返した。今までニコリとするだけで何も言わなかったのに。国内の貴族たちがざわつく。他国の者たちは黙って見守るようだ。
「無礼ですわ!王妃様に年齢の話をするとは何事ですか!?」
一人の令嬢が叫んだ。アリスはその令嬢に視線を移す。
「無礼ですわ!王妃様に年齢の話をするとは何事ですか!?」
「「「!?」」」
なんだ、なぜアリスは同じことを繰り返した。ざわめきが大きくなる。
「なっ「王妃様は私がここを離れて3年弱の間、とても政務に励まれたご様子。書類とにらめっこする日々だったのでしょう?そんなに視力がお悪くなられて。それほどまでに政務に励まれるなど私には真似できませぬ。
…………そのような素晴らしい王妃様にあなたはなんという不敬なことを申すのですか?見たところまだお若いようですが……。はっ!だからおわかりになりませんのね」
バサリと手に持つ扇を広げるアリス。令嬢に口元を近づけ扇で隠す。内緒話のような格好だ。
「中年女性は年齢のことを言われると不快になるものなのですよ。お若いうちはその気持ちがわからぬのも致し方ありませんが……。うちの母も年齢のことになるとすぐに怒るんですよ」
いや、めっちゃ大きい声で言ってるじゃん。静まり返ってるこの中でめちゃくちゃ声響くんですけど。
バシッ!!!
鋭く響く、扇を手に叩きつける音。
音の出所はもちろん王妃だ。王妃の顔は変わっていないが、とても痛そうな音がしたが痛くないのだろうか。
「そのように言ってくれるなんてありがとうアリス。王妃とは激務をこなして当たり前と思っている者が多いから……あなたの言葉はとても嬉しいわ。あなたも王子妃となったのですから、政務は大変でしょう?」
「いえ、所詮第四王子妃ですし……他のお義姉様方が優秀すぎてほんの手助け程度しかしていないのです。なので毎日睡眠もたっぷり取れて……。ほらお肌の張りもまだまだイケてますでしょ。王妃様はお肌もお疲れのご様子。やはり睡眠は大切にございますね」
(意訳:肌に年齢出てるぞババア)
ビシリとヒビ割れる扇。
「オホホホホホ。そなたとばかり話していてはいかぬなあ。失礼いたしました皆様。皆様ご存知の通り、アリスは皇太子の元婚約者。幼き日より目をかけてきました故、話が弾んでしまいました。陛下」
ギロリと睨まれる王。いや怖いんですけど、と顔が引き攣る王。
「あ、ああ。皆様今日はよくいらっしゃってくださった。長い話は無しにしよう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
乾杯の音頭で何事もなかったように再び時が流れていく。アリスも美味しそうに料理をつついている。
時間が止まるは、この御仁……公爵だ。
今のは何だったんだ?
いや、馬車で何もできないみたいなこと言ってたよな?
いやいや、めっちゃ言ってたよな?
しかも王妃様怒ってたよな?
えっ!?うちの国大丈夫だよな!?
混乱する公爵を置き去りに宴は進んでいく……。




