帰郷遊戯③
「王妃様、ご機嫌よう」
「あらアリスご機嫌よう」
「今お時間宜しいでしょうか?」
「見てわからない?」
「あら、失礼。私も混ぜていただいて宜しいでしょうか?」
アリスが今いるのは、いやついさっき出現した場所は王と王妃、皇太子であるマキシムと妻であるマリーナ、そしてマリーナの父である公爵がいる場所。アリスは彼らのど真ん中にあるテーブルの上、正確に言えばその上にプカプカと浮いていた。
「あなた最近やることが大胆になってきていない?」
「はじめは猫を被るものです」
「一応私はこの国の王妃なのだけれど……。自分より身分が上のものには猫を被り続けるものではないのかしら?」
「嫌ですわ王妃様。私と王妃様の仲ではありませんか。もう私があんなことやこんなことをやったことを全て知っているではありませんか~。
なぜ猫を被る必要が?」
最後は真顔で言い切るアリス。
「まあいいわ。あなた……私達が何の話をしているかわかっていて来たのでしょう?目的は?」
流石です~とニンマリ笑うアリス。
「ガルベラ王国皇太子妃の懐妊祝賀パーティに行きたいです」
そうだと思った。その場にいる者全員が思った。彼らはそのパーティーに誰を送るか相談しているところだったのだから。格上の国だから皇太子夫妻を行かせるべきかと話していたところにアリスからの申し出。王妃はちらりと王を見やる。
「うーん……。まあガルベラ王国のパーティーに行ってもいつも挨拶くらいしかできないしね。アリスが行った方が強く縁付くことができるかもしれない。でもアリスは大丈夫なのかい?……ほら、なんか昔良い待遇を受けていなかったみたいなことを噂で聞いたけれど」
「別に構いませんわ。ラルフとオリビアも連れていきます。ああ、あと公爵も一緒に参りましょう」
「えっ?私とですか?」
「ええ」
ニッコリと笑むアリスに嫌そうな顔をする公爵。その表情を見て更に満足そうな顔をするアリス。
もしやただ嫌がらせがしたいのだろうか……。自分がアリスを苦手としていることくらいわかっているはず。
「公爵は好きにすれば良いけれど、ラルフとオリビアはまだ4ヶ月よ。長距離の移動は許可できないわ。彼らはこの国の宝なのよ」
「心配ご無用です王妃様。全て瞬間移動させるので大丈夫です」
「いや、当たり前みたいに言わないでくれる?どちらにしてもまだ幼すぎるでしょう?」
「二人を連れてきて欲しいとオスカー皇太子からの願いですので致し方ありません。皇太子から手紙が届いていませんか?」
「?いえ……(コンコンッ)」
ドアをノックする音が王妃の言葉を遮る。王が声を掛けると聞こえてくる声。
「ガルベラ王国皇太子オスカー様からのお手紙が届いております」
受け取る王。その手紙にはでかでかと至急読まれたし、と書かれている。読んだところアリスとそのお子たちを連れてきて欲しいとのことだった。
入国許可証も同封されていた。国境にある関所で発行されるものだが、どうせアリスは関所を通らないだろうという事前の配慮だ。
アリスは本人も行く気満々だし良いが、子供たちは断りたい。断りたいが……断れないのが国力差事情というものだ。
「……何を企んでいるの?」
ゆっくりと弧を描くアリスの口。されどその口からは言葉は漏れず。交わる二人の視線。
王妃ははーーーっと息を吐く。
「ラルフとオリビアに何かあることはないのよね」
「何を仰います王妃様。そもそも王家の者は自国にいようと自室にいようと外にいようと危険が伴うものにございましょう。何かあるかもしれませんが、必ず守ります。ね、公爵?」
「は?私がですか?」
「そうです」
「?勿論我が国の大切な王子様と姫様です。何かあれば命がけで守る所存ですが……」
と言いつつ首を捻る公爵に皆が同情的な視線を向けてくる。そんな目で見ないで欲しい。嫌な胸さわぎがするではないか。
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それからまた1ヶ月程経ち……
「ラルフ……オリビア……。しばらくお別れだな。父様の顔を忘れないでくれよ」
双子用のゆりかごに収まる二人を抱きしめ顔をスリスリするブランク。
「「ぶーーーっ」」
最近覚えた唾を飛ばす攻撃をかます二人。
「そうかそうか。お前たちも寂しいか」
お構いなしに頭を撫でるブランクに双子も仕方なしと言いたげに、父親の頭をテシテシする。
「それでは行ってまいります」
「え……ええ…………」
アリスの言葉に引き気味に答える王妃。彼女の眼の前には国章の入った馬車一台、贈り物や着替えやら諸々を乗せた荷台が3台ある。
これも一緒に移動させるのよね……。
今回ガルベラ王国に向かうのはアリス、ラルフ、オリビア、アリスの侍女であるイリス、護衛のフランク、公爵の侍従と侍女だ。非常に少ない。しかも護衛はフランク一人というあり得ない構成。メンツも何もありゃしない。だが、アリスがこれ以上はいらないと言い張るのだ。致し方なし。
「それでは皆様行きますよー……せいっ!」
「「「うおーーーーーーっ」」」
パッと消える人々と諸々。見送りの者たちから歓声に近い驚きの声が上がる。
そんな彼らとは正反対の暗い表情を浮かべるのは両陛下。
「陛下……何もやらかしてこないですよね……?」
「ああ、きっと。いや…………たぶん?………………とりあえず何もしないことを祈ろう………………」
二人は胸の前で手を組み祈った。
周囲の者は思った。
何も起きないではなく、何もしないなのか……と。




