帰郷遊戯②
~ダイラス国 王宮にて~
コンコンコンコンコンコンコンコン……………………………。
人差し指の爪で尋常ではない速さで机を叩くのはアリスだった。彼女にしては珍しい小々苛立ったような様子に侍女たちは黙って見守る。
「あの……アリ、んぐっ…」
空気が読めぬブランクの口に布が突っ込まれる。犯人は彼が抱っこしているオリビアだ。持っていた布がたまたま彼の口に入ってしまったのか、空気を読んだのかは謎だ。なにせまだ3ヶ月。
布で意識がオリビアに向かったブランクは思う。今日もなんて可愛いのか……本当に可愛くて仕方ない。アリスから抱っこを代わろうと差し出した手をはたかれようと、顔を近づけるとパンチをくらおうと、それがたとえ毎日のことであろうと可愛いものは可愛い。そのタッチしてくるお手々がもうたまらない。
何よりもまず造形が美しい。親とか関係なくまじで美形だと思う。会った人皆がこんなに美しい赤ちゃんは初めて見ると言うのだ。絶対に間違いない。
ちなみにラルフはアリスの高速コンコンをジーッと見ている。その目が驚いたかのようにクルッと丸くなり輝いた。
フワリと何も無いところから現れた一枚の手紙がアリスの手元に舞い落ちてくる。また現れフワリと舞い落ちてくる手紙。更に現れ舞い落ちる手紙…………………………。
全部で10通ほどだろうか。
アリスは全てに目を通すとチッと舌打ちをする。どうやら彼女が望むような返事の手紙はなかったよう。
最近のアリスは手紙を出しては返事が来る。それを見ては再度手紙を書いては出すということを繰り返していた。誰にも中身を話さないので、何か極秘事項なのだと皆理解している。
が、最近あまりにも機嫌が悪い。誰かに当たり散らすとか迷惑をかけることはないから良いのだが。珍しいことなので皆手紙の中身が気になって仕方ない。
「なかなか決心しないわね……」
ポツリとアリスの口から溢れる言葉。
「あー、あー」
それに反応したのか、ラルフが声を出す。アリスはラルフの方を見て微笑むと届いた手紙を全て宙に投げた。宙に浮かぶ手紙に火が着いた。そのまま燃え尽き、灰も残らなかった。
「「きゃっ、きゃっ」」
喜びの声だろうか、双子ちゃん達から明るい声があがる。その目はキラキラと輝いている。
「二人は魔法が好きねー」
すいと手を動かすと浮かび上がるオリビアとラルフの身体。そのままフワフワと移動しアリスの胸元に収まると、尚更ご機嫌に手足をバタバタ動かす。アリスが顔を近づけると心なしかうっとりとした顔をするのは気のせいか……。
「あー……。このモチモチすべすべ癒やされるわぁ」
太ももをぷにぷにしながら言うアリスにうんうんと頷く面々。
「それにこの肌質……二度と自分には戻ってこないすべすべお肌…………欲しいわぁ」
ゾッ。冗談よね?
それから1ヶ月後
アリスの元に手紙が三通届いた。
中身を見て彼女の顔には大輪の華が咲き誇った。その場にいたブランクに申し渡す。
「今度ガルベラ王国で皇太子妃の懐妊祝賀パーティが開かれるそうです。私、代表として行って参りますね。経費も浮きますし、事前に実家に滞在させてもらいます。ついでにラルフとオリビアをあちらの王妃様に見せてきますね。彼女には大変お世話になりましたし、第二の母とでも言いましょうか。
もう子供たちも首がしっかり据わりましたし、多少遠出しても大丈夫でしょう。遠出も何も一瞬でガルベラ王国には到着しますけどね。ああ、イリスとフランク以外は留守番していてね」
ん?留守番?ブランクはとっても今更なことに気づく。
「アリス、そういえば一度も君の両親や兄姉に挨拶していないんだが……」
厳密に言えばエレナと姉三人衆とはダイラス国王宮内で会ったことはある。だが、あれを正式な挨拶にカウントするのは憚られる。
「ああ、別に両親も兄姉もあなたには興味がないようなので大丈夫ですよ」
「そうなんだね。だけど君とご実家は仲が悪いわけでもないしこれからも付き合い続けていくわけだろう?今更ではあるが夫として挨拶するのが常識的な対応だと思うんだが」
ブランクの口から常識的という言葉、しかも的外れではないちゃんと世間一般から見ても常識的な言葉が出てくるとは……。ブランクの侍女ルナは口元を抑えている。
「お気遣いありがとうございます。ですが我が実家は常識などという言葉とは無縁。非常識の塊なので大丈夫ですよ。どうしても挨拶したければ勝手に私の部屋に出入りしてるので適当に挨拶すれば宜しいかと」
「それはそれでなんか問題があるような無いような……。でもオリビアやラルフと離れるのは嫌だから僕も付いていきたいなぁと思うんだが……」
「ブランク様は冗談がお上手ですこと。嫁が実家に帰るときは夫への不平不満を話す大チャンス。あなたがいては困ります。それにあなたはオリビアとラルフのことになると頑固ですからねぇ」
「いやもう何する気かわからないけど、何かするつもりだろう?駄目だよ、ラルフとオリビアに危険があるなら置いていきなさい」
「ないとは思いますが、絶対にないとも言い切れません。危険はあるかもしれませんが、必ず守ります」
「……駄目だよ、赤子を危険に晒すなど。絶対にしてはいけないことだ」
「わかっております。ですが、どうしてもこの子達が必要なのです。あの方は私に直接攻撃をしてくるタイプです。この子達に手を出すことはないでしょう…………………と思いたい」
「思いたいって何だ?こらアリス」
「なんだその口の聞き方は」
「ごめんなさい!だが…………心配なんだ」
「わかっております。
気持ちは十分伝わっております。ねー?」
「「あうあう」」
可愛らしい二人の声はまるで返事をしているよう。
「何かあっても必ず守ります。信じてください」
アリスの真剣な表情にブランクは暫く閉口した後に口を開く。
「わかったよ。まあ君が僕の言うことを聞くとは思っていないよ」
「申し訳ありません。こういう性分でして」
「あははは、もう十分知ってるよ」
そう言うブランクの顔は真顔だった。
「ところで、君はいつ代表に決定したんだい?」
「これからですが」
何言ってるんだとでも言いたげなアリスの言いように、目が点になるブランクだった。




