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公爵家の末っ子娘は嘲笑う  作者: たくみ


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107. 欲しいもの

 あの会議から数日後、謹慎処分中のアリスは自室で刺繍をしていた。彼女の部屋にあるハンカチやらドレスやらカーテンやらと至る所にアリスの見事な刺繍が散りばめられている。


 今やっているのは王妃に頼まれた慈善活動に使うハンカチである。アリスの刺繍の腕前を見た王妃が孤児院の子に配るから暇ならお願いしたいと言ってきたのでやっているもの。


 チクチクと縫っているとイリスがブスっとして言った。


「なんか納得がいきません」


「そう?別に暇だからこれくらいやっても良いじゃない」


 今部屋にいるのはアリスとイリスの二人のみ。他の侍女たちは人手不足なところへ派遣されている。護衛のフランクは結婚相手を見つけるんだと、ナンパしに行っている。


「そちらのことではありません。離縁すれば良かったではありませんか。あれだけ無下にされてきた相手となぜ添い遂げるのですか?命だけ助けてご実家に帰れば良かったのでは?ガルベラ王国の王妃様だって反対されないはずです」


 散々アリスを虐めてきたガルベラ王国王妃はアリスを他国に嫁に出した後、全てやりきったとばかりに精神的に落ち着きつつあった。皇太子妃ジュリアが懐妊したことで王家安泰だと思ったのか、相変わらずエレナのことは気に入らないようだが公私混同はなんとか平穏を保っている。


 アリスはそういえばと思い出す。王妃も精神的に病んでいたとはいえ、やり過ぎたと思っているのかいつでも戻ってきて良いと手紙が来ていた。なんか追放されるような形で嫁に出されたのに本当に大丈夫かと確認したら何も問題なし、と返事が来た。


 何もなかったような顔をしていれば良いと。厚顔無恥も極まればいっそ清々しいと自国の王妃に拍手を送りたい気分だった。それに、なんか彼女にもなんらかのお返しをするのも楽しいかもしれないと思うこの頃。


 だから戻っても良いのだが、アリスはこのままここでの生活をし続けることを選んだ。それに納得がいかないイリスは最近ネチネチネチネチとお小言を繰り返していた。


「アリス様はまだお若いですし、もっと良い方が見つかるかもしれないですよ?良い出会いがあるかもしれませんよ?っていうかあれよりも最低な男の方が少ないですよ」


「いやいや、そこまで最低男ではないでしょう。一応王子様だし。少なくとも食うに困る生活はないじゃない」


 世の中には浮気しまくる男。借金しまくる男。暴力を振るう男等々もっと酷い男はたくさんいる。アリスからすればルビーへの一途すぎる想いやアリスの命を軽んじるような言動も大した問題ではなかった。


 どれだけ一途に思っていてもルビーがブランクを選ぶことはないと確信していたし、むしろ報われなくて可哀想だなあと思っていたくらいだ。


 それにこの魔物が蔓延る世界で強い者が頼りにされるのは致し方ないこと。別にそんな扱いをするのはブランクだけではない。彼が特別に悪い男なわけではないのだ。


 傍から見たらえー……とか思うかもしれないが、別にブランクの行動でこいつ馬鹿だなー、小者だなーと思うことはあっても悲しいと思ったことは一度もなかった。


「でも、アリス様をもっと大切にしてくれる方やもっとアリス様に見合ったスペックの高い方が良いです。そういう方のほうがアリス様にはお似合いです」


「イリス……」


 二人は見つめ合う。


「別に旦那にそんなに人生の比重をおいてないから大丈夫よ。お金は自分で稼げるし。命も自分で守れるし。可愛い可愛い侍女たちが大切にしてくれるし。夫の愛とか正直別になくても生きていけるし。それにあんまりスペックが高いと奴隷にできな……じゃなくて、口煩そうじゃない。煩わしいわ」


 アリス様……それはもはや夫の存在なんていらないのでは。


「とりあえずブランク様が夫で大丈夫よ。彼は今私の奴隷と化してるし、もともと気が弱いから私がいる限りおいたはしないわよ。………………何よ納得していない顔ね」


「まあアリス様がどう思おうと第三者から見たヤツはクズです」


 ぐっと親指を下に向けるイリス。


「こらこらやめなさい。いいじゃない。ここの侍女たちは良い子ばかりだし、王家の方たちも優秀すぎなくて丁度いいわ。それくらいが一番からかいやすいのよ。大臣たちもおもろいし……まだまだ愉快なことがたくさんありそう。ガルベラ王国の人達は優秀すぎてあんまりからかえないのよね」


 大国たるにはやはり理由がある。大臣たちもなかなか優秀だった。そんな彼らの隙をついてからかうのも面白かったが……。特に幼馴染ジュリアの父親でガルベラ王国の宰相は最高だった。ちょっとジュリアより優秀なところを見せるとすごい鋭い目つきで睨みつけてくるのだ。


 いや~あの目は良かった。あの目には優越感を覚えた。だってそれだけアリスが優秀だと物語っているのだから。


 ニマニマと笑うアリスに気づかぬイリスは小々伏し目がちに呟く。


「確かに……彼女たちと離れるのは寂しいですね」


 カサバイン家ではこんなに仲の良い仲間はできなかった。アリスを虐めてた下級使用人は論外だから良いのだが。他の侍女たちとは主人が違ったからか……自分の性格が悪いのか……今程距離の近い仲間はいなかった。まあそこそこといった感じだった。


「でしょう?だからここで楽しく暮らしましょ?」


「まあ、アリス様がそう言うなら」


 渋々と言うがその顔はちょっと嬉しそうだ。




「それに、欲しいものがあるのよねー…………」


「?何かおっしゃいましたか?」




 アリスの小さな呟きはイリスの耳には届かなかった。




 だがイリスは見た。


 アリスの顔がとても穏やかな笑みを浮かべていたのを。







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