105. アリスとブランク①
大臣達がいなくなった場に残ったのは王族だけだった。
「ブランク様、信じられないほどの軽罰おめでとうございます。立派なお嫁様を頂いたことを感謝せねばなりませんよ」
そう言って去っていくのはマリーナだった。それに追従するは皇太子とユーリ。ブランクの肩をぽんぽんと叩くと部屋を出て行った。
「アリス、暴れすぎよ」
「王妃様は顔が怖すぎです」
アリスに近づき、彼女の前で仁王立ちするのは王妃だ。その顔は角と牙が今にも生えてきそうな程に恐ろしい顔をしている。
「あなたの横暴に貴族は大いに反感を抱いたことでしょう。王家に王より上の存在がいるという印象を与えたのでは?王は小娘の意のままに動くと…………」
二人の視線がバチッと交わった。
「王の判決を覆したわけではありません。気持ちを変えただけです。これからも王妃様の意向には従うつもりですわ。忘れたのですか?皇太子妃の件もキャリー様の件もルビー嬢の件も対処したではありませんか。今後王家が侮られるとお思いですか?そんなことはありません。私という怪物を飼い慣らす王家は更に発展していくのです。このまま仲良くしていきましょう?王妃様」
スーハーーーーーッと自分を落ち着かせるために深く息を吸い吐き出す王妃。
「まあ良いでしょう。実際にはしょうもない出来事でしたし。王が若く美しい嫁に絆されて甘い処罰を下したとでも言っておけば」
「えっ……。それは王としての面目は?」
王が情けない声を出す。
「慈悲深く寛容な為政者であるあなたを民は慕っております。そして女好きであることも皆知っております。なんの問題もございません」
「いや、それは問題があるだろう」
「では女遊びはお控えなさいませ。でもご安心ください。嫁に手を出すとは思われておりませんので。そもそもあのアリスに手を出すなど地獄行きだと民でさえ理解しておりますから」
情けない顔の王に皆視線を逸らす。見てはいけない。
「ブランクとアリスの件はもう判決はくだされましたしね。なんやかんやいってアリスに物申すヤツラ、失礼大臣はいないでしょう。でもちゃんと大人しく謹慎しているのですよ。
それよりも私が今一番気になっているのは…………ルカ!!!」
呼ばれたルカははっとする。彼は椅子に座ったままずっと固まっていた。
「あ……と……。母上」
「しっかりなさい。父親になるのでしょう?ああその前に婚姻をせねばなりませんね。ご令嬢とハゲ大臣を呼んで来なさい」
今さらっと、ハゲ大臣って言った?
「あ……と……。母上お得意の子流しみたいな…………」
「は?誰がそんなことをしたのです。私はそんなことしたことありません」
いや、誰もが知っている事実ではないですか。
「ハゲ大臣を王家に取り込むのはなかなか良策であります。まあまあ魔法も使えるし、暴走したとしても公爵がうまく収めるでしょう。アリスがいる限り彼は大口を叩くこともないでしょうし」
「………………」
「自分がしでかしたことはちゃんと自分で責任を取りなさいね」
ニコリと微笑むと王と青褪めるルカを引き連れて出て行った。
最後に残ったのはアリス、ブランク、ザラだった。
「…………あの、アリ「アリス!」」
アリスに話しかけようとしたブランクは母によって遮られた。
「ありがとう!ありがとうアリス!!!この恩は絶対に忘れないわ。何か必要なものがあったら言ってね。お父様にお願いして持ってきてもらうから」
アリスの手を握りながらブンブンと上下に揺らされる。あまりにも大きく揺らされるので、ちょっと気持ち悪い。
「お義母様私達は家族なのですから助け合うのは当たり前です。でもそうですね……最近販売され話題になっている未亡人と青年の恋物語の本に興味はあります」
「ああ、あの本ね。今なかなか手に入らないと聞くわね!確か3年待ちだったかしら?待っていて頂戴。早急に手に入れるから」
ピューンと消えるザラ。
ブランクは唖然として開いた口が塞がらない。あんなに興奮気味な母も、フットワークの軽い母も初めて見た。とても活き活きとして輝いて見える。
ん?何やら視線を感じる。恐る恐るそちらを見るともちろんアリスだった。ブランクは体をアリスの方に向けると頭を下げた。
「アリス……今回の件ありがとう。あと、その……今までのこと悪かった」
「あら、感謝も謝罪もできるのですね」
「それは……!あの場で庇おうとしてくれたのは母上とアリスだけだった……」
先程の皆の目を、言葉を思い出すとブルリと身体が震える。彼らは間違いなく自分の命を奪おうとしていた。アリスがいなければどうなっていたか……。
「ちゃんと理解していたようで何よりです。自分は王子なのだから皆俺に従うもんだ、俺に忖度して当たり前だ、命が助かるなんて当たり前だ、と言われたらどうしようかと思いました」
「あれだけ眼の前で現実を見れば嫌でもわかる」
今までも嫌な態度だと感じたことはあったが、今回は次元が違った。今まではちょっと見下されているような、影でこそこそ言われているような感じだった。あのように自分の命を軽んじられるような言動を眼の前ではっきりされたのは初めてと言えた。
冷たい視線に晒され、多少の嫌がらせもあった。兄王子たちに比べれば我慢させられることもあった。しかし彼が受けてきた待遇はまさしく王子だったのだ。王族に提供される3食のご飯は当たり前、使用人にお世話されるのも当たり前、大臣達に王子様王子様と頭を下げられるのも当たり前だった。
本当に彼らに恐怖を感じたのは初めてだった。そしていかに自分の味方がいないかを痛感した。黙るブランクをアリスはじっと観察する。彼は考え込んでいるのか気付かない。
「自分の愚かな振る舞いを反省しているようで何よりでございます」
「……ああ」
もう本当になんか色々と改めようと思った。周りの人には好かれていないことはわかっていたし、期待もしていなかった。だが、実際に目の当たりにしたときこれではいけないと思った。
「ですが、どうも信用なりません。本当に今回の件反省していますか?私への態度を悪いと思っておりますか?」
「なっ!?」
いけない、言い返しそうになった。だが考えてみれば当たり前だ。彼女への今までの態度から考えると信じてもらえる方が難しいというものだ。
「信用してもらえるように頑張るよ」
「というわけで、あなたの心に刻み込みましょう。私への恐怖を!私に逆らってはいけないという思いを!そして本当の力というものを思い知らせてあげましょう!」
「!!?」
なんだ、何を言っている。
何をしようとしているか理解しかねるが、
人並み外れた美しき妻は、
胸を張り嫣然と微笑んでいた。




