104. アリス暴走する
静まり返る場。アリスの言葉によってではない。
「これは……」
王が呟く。室内の温度が急激に下がる。
それもそのはず野次を飛ばしていた大臣達の腰から下が氷漬けになっているのだから。
「ひっ……!」
一部の大臣たちから悲鳴が漏れる。
「なんだこんなもの!」
ボッと炎が氷を包み込む…………
「溶けない!?」
愕然とする彼らが見ている中、炎が消えていく。炎が氷に負けたのだ。
「普通の氷やしょぼい魔法の氷であれば溶けたでしょう。でもこれは私が作り上げた氷ですよ?その辺のハゲ大臣がどうにかできるレベルのものじゃないんですよ?」
アリスがハゲ大臣と呼ぶ御仁は、有力な魔法の使い手を輩出する伯爵家の当主である。彼自身も国内屈指の魔法使いである。あくまで国内での実力の話だが。
彼は伯爵でありながら家臣の中で2、3番目に勢いがある。彼はその魔法の才を利用して貴族界最大派閥の長にまで伸し上がった。自分が多少無礼なことを言ったとしても自分は派閥に守られると今までの経験上から妙な自信があるからこそのこの態度。
ちなみに不動の1番貴族は皇太子妃マリーナの父である公爵だ。公爵自身は一匹狼のように振る舞っているが、自分を慕ってくるものや付き従うものの面倒をしっかりみるので、人望が厚い。アリスが引き起こす面倒もなんやかんやいって対応してくれる便利……有り難い人物である。
「ハゲハゲと……」
「気持ちはわかりますが、今は……」
顔を真っ赤にして会議と違う点で怒り出そうとするのを隣の大臣がとめる。そうだ、今は自分の頭などどうでも良い。これはチャンスだ。
「アリス様。王子妃とあろう者がこのようなことをしても宜しいとお思いですか?これは脅迫では?」
「え?おねだりですよ?」
「は?」
「私とブランク様は夫婦ですもの。夫のやり方を真似てみました」
「ハハッ。これはこれは噂と違って仲がよろしいのですな。夫婦揃って罰を受けたいとは」
「ハハッ。これはこれは謹慎処分だって言ってるのに耳が悪いのですな。いや、頭が悪いのですな。自分の今置かれている状況が理解できないとは」
アリスが口調を真似る。
「なっ!?」
「落ち着いてください」
またまた隣の大臣に宥められる。興奮したら負けだ。彼女はこちらをおちょくってこちらのペースを崩そうとしている。フーと鼻から息を吐く。
「脅迫は罪ですぞ」
「おねだりだって言ってんだろハゲ。夫の謹慎処分に同意していただけますね?」
「貴様!この国の忠臣たる私の言葉を流すとはどういうつもりだ!?王族ならどのような振る舞いも許されると思っているのか!?ああ、小娘だからまだ世の中の仕組みを知らぬのだな?王族とは我らの協力があってこそ成り立つのだ!我らが認めぬ者はこの国にはいらぬ!残念ながらカサバイン家の娘を勝手に処刑するわけにはいかぬからな……即刻出ていけ!」
お前は何様?王様か?と思ってしまうような言葉。そもそも家臣に王族の追放権利などない。まさしく越権行為。
「はい、不敬罪」
ゴトッ
「「「!!!?」」」
「えっ?……はっ?」
眼の前の光景に言葉を失う面々。ハゲ大臣はゆっくりと自身の左足を見る。いや、正確にはあった場所を見る。床に大きな氷が転がっている。
「痛みはないでしょう?切った部分は氷漬けにしてあるので命の危険もありませんからご安心を。というより自分の権利を越えた発言はいかがなものかと。人の追放、まして王族の追放など主君たる王にしか許されぬものでしてよ。それに先程から私に口答えばかりしてウーザーイー……です」
「な……なにをする…………。口答えなどっ。意見を言っただけではないか。王子妃がこんな暴挙……許されるはずがない!」
「どう許さないのですかぁ?どんな罰を与えるのですかぁ?」
「は?」
「ここから実家に帰ることなど瞬時にできますし、母は私を引き渡すことはしないでしょう。その場合抗議しますか?相手にされないと思いますが……。では宣戦布告でもしますか?カサバイン家に?ガルベラ王国に?」
「ガルベラ王国は強国とはいえ、一つの国。周辺国の目もある。罪人をかくまうことなどしないだろう」
「オホホホホッ。他国の王からは自国で手に負えぬ魔物討伐を請け負っております。使える役に立つ者とあなたのあってもなくてもどちらでも良い足。各国がどちらを重く考えるかは言わずともわかるでしょう?」
とても見下した優越感に浸る高笑いが室内に響き渡る。実に楽しそうだ。
「………………」
「それで皆様方いかがです?謹慎処分でご納得頂けるでしょうか?」
すっと大臣達に向けられる視線。その目には断るわけがないよな?と狂気の色が宿って見えるのは気のせいか。
「……そうですな。被害はなかったわけですし。ですが皆へ迷惑をかけたのも事実。謹慎処分が妥当かと思います」
野次を飛ばしていた一人の大臣がしらっと言う。その言葉に従うように次から次へと謹慎という声が上がる。皆わかっていた。反対すれば自分も同じ目に合うと。
そして謹慎処分に賛成したものの下肢が自由になっていく。たった一人を除き全ての大臣が自由を取り戻した。
アリスはハゲ大臣に目を向ける。
「あらあら、皆さんやっとおわかりになってくれたのですね。あなたはどうされます?」
冷や汗が流れる。痛みでではない。得体のしれない化け物を目の前にした恐怖だ。だが、認められない。目の前にいるのは娘ほどの年齢の少女。プライドが許さない。
「暴力による行使。そんなものを許せば!そんなものがはびこればこの世は滅びてしまうぞ!皆わかっているのか!?」
気まずそうに目を逸らす意見を翻したその他大臣たち。
アリスはクスリと笑う。
「まるで貴方がた凡人が強者を制御しているかのような言い方ですね。面白いことを仰る」
「は?」
「逆でしょう?強者が、貴方がた凡人や弱者を生かしてあげているのです。慈悲によって、良心によって」
「なにを言っているんだ……?」
「私の力をもってすればこの国くらいすぐに滅ぼせますよ。この国には強力な魔法使いはいませんからね。ではなぜこの国は無事なのです?答えは簡単、私が滅ぼそうとしないからです。私の慈悲です。というわけでさっさと謹慎で納得してくださいね」
ニコリと最後に笑むアリスを呆然とした表情で見るハゲ大臣。なんという暴論。なんという傲慢。
なれどそれこそが事実。
今までの活躍からアリスの実力はわかっている。だが、意味なく理不尽に法を犯したり殺生をするようなことは普通ならしないという思い込みにより生意気な態度を取ってしまった。あとはくだらぬプライドから。
「…………………………」
だが、口から言葉が出ない。認めたくない。小娘に敗北したなど。アリスの口から再びクスリと音がした。
「頑固ですねー……」
見ている者はゾッとした。今度こそ命を奪うのではないかと。おもむろにアリスはハゲ大臣に近づくと肩に手を回し首に触れた。ビクッと跳ねる身体。恐る恐る手を首にやる。……………無事だ。
「御息女ご懐妊おめでとうございます。あなた様も王族に見合う権威をお持ちのご様子。恐らくルカ王子と婚姻することになりましょう。そうすれば私は御息女の義妹ですね。貴方様とも全くの無関係ではなくなるわけですね……」
アリスの言葉にハゲ大臣は王妃の方を見る。いや、めちゃくちゃ恐ろしい顔をしている。婚姻など許されるだろうか。
「せっかくですもの……仲良くしたいですわ。それに」
つつっと下に転がっている氷の塊に視線をやるアリス。
「お孫様と遊ぶのにもこれはあった方が良いでしょう?これ今ならもとに戻りますよ?友好の証に私が治しましょう。その代わりあなたはなにをくれます?」
いやいや、自分が斬ったくせに。そう思うがそんなことを言う度胸のあるやつはいない。ハゲ大臣はゆっくり目を瞑る。
「ブランク王子がしたことはただのイタズラだったようですな。謹慎処分が妥当かと思います」
アリスの顔に大輪の華が咲き誇る。
「陛下、大臣たちは皆謹慎処分という判断のようです!いかが致しましょうか?」
白々しい。彼女に集まるは憎悪、嫌悪の視線。だが最も彼女を突き刺すのは恐怖の視線。
だが彼女は笑むばかり。そんなものなんの問題もないのだから。
王の口から判決がくだされた。
「第四王子ブランクは行き過ぎた悪戯行為で皆に多大なる迷惑をかけた。よって1ヶ月の謹慎処分とする。そしてアリス。そなたも行き過ぎた行為を何もなかったことにはできない。そなたも共に謹慎処分にする」
「謹んでお受け致します。最愛の夫を守らんがために少々暴走してしまいました、申し訳ございません。ですが私に反逆の心はなく、家臣の皆様にはこれまで以上にこの国のために励んで頂きたい気持ちが本心でございます」
スッと美しいカーテシーを披露する。禍々しささえ感じさせるその様に恐怖が募る。そして、いつの間にかハゲ大臣の足は元通りに戻っている。いつの間に……。それを見た人々は尚更ゾッとした。
解散の言葉にさっさと逃げゆく大臣たちを愉快に見つめるアリスだった。




