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「へぇ、結構きれいにしているんだね」
メタルラックに教科書やテレビを飾り、洗濯機や炊飯器は沙織たちに用意してもらった白物家電は、あまり使用感が無い。座椅子に座りながら千夏は部屋を見渡している。純から出された氷入りの麦茶をストローでちゅるちゅると飲みながら、汗ばみ体に張り付くシャツの不快感を、襟元を指で引っ張ることでごまかしている。
「ごちそーさま」
冬はこたつ機能も兼ね備えるテーブルに氷だけを残したグラスをことりと置いた。
「ねえ純君」
傍で麦茶を飲む純に声をかけた千夏は、おもむろに体をテーブルに乗り出して声をかける。汗で張り付いたシャツが、千夏の整った体のラインを浮き彫りにさせる。沙織にバストは負けてもバランスの整った千夏の体、思わず純は視線を一部に集中してしまった。
その反応を見て千夏は悪だくみをするように笑った。
「シャワー、貸してくれない?」
慣れない言葉を聞いたとともに、何を言っているんだこの女はと、純は思う。おもわず千夏が暑さで頭がおかしくなったのではないかと心配になった純は、千夏のおでこに手を当てて熱を測る。少し熱があるか、純はううむと少し悩んでいる。
見ればプルプルと体を震わせた様子を見せる千夏が突如、噴火したように怒り出した。
「急に触んな、ボケぇ!」
純の心配は杞憂らしく、千夏はいたって平常運転だと言い張った。
「ああもう、怒ったら余計熱くなっちゃった」
だからシャワーを借りると主張する千夏に引く様子は見られない。むしろ純のせいでシャワーを浴びなければならないと、主張を押してきた。たまらず純は反論を開始する。
「着替えどうするんすか」
「純君の貸して」
「そうじゃなくて、その」
「その?」
純は言うべきか言わないべきか、迷っている。汗かいたってことは、あれだって濡れているはずだ。けれどそれはセクハラになるのではないか。けれど、汗で気持ちが悪いという千夏にシャワーを貸さないのもかわいそうだ。
「あ、タクシー呼びましょうか?」
「ごめん、この格好でタクシー乗るのはちょっと」
「そ、そうですよね」
ごめんなさいと謝罪するように純は千夏に頭を下げる。その間に千夏は、純がアイドルと付き合っているのは明白だ。しかし、それは合意の上ではないと言う事を。きっと純のことだ、押しに負けてなし崩し的に付き合っているのだろうと推測する。自分を守ってくれた時の勇ましさはあれど、女性の前、特に性的な話になると一気に線香花火の様に静かになる純を見て、いけると確信する。
「あー、暑い!」
そういうと千夏はいきなり服の裾に手をかけると、一気にシャツを脱ぎだした。可愛らしくないベージュのスポーツブラに不釣り合いな谷間を純に見せつける。
千夏の行動に純の顔は一瞬で沸騰したように赤くなるとともに、彼女から視線をそらした。 顔を真っ赤にした純に対し気を良くした千夏は、追撃を仕掛ける。
「純君も一緒に入る?」




