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第八話 反抗心(2)


 そして、放課後。

 僕は昼休みのことについてずっと考えていた。扇さんは僕が反撃しようとしたことについて咎めなかった。てっきり、彼女は『生意気だ』とでも言ってくるのかと思ったけれど、そうはならなかった。もしかして、扇さんは案外気が弱い人なのかもしれない。

 だけど気が弱い人が、あそこまで他人に暴力を振るえるとも思えない。なんというか、僕の知る扇さんと、実際の扇さんにどこか差異が出ている気がする。なんだろう、この違和感は。

 そんなことを考えると、ホームルームが始まるチャイムと共に、萱愛先生が教室に入ってきた。


「さあ皆さん、帰りのホームルームを始めますよ。ちゃんと蓬莱くんと扇さんについての意見は書いてくれましたね?」


 そんなことを先生が言うと、僕はそのことをすっかり忘れていたので、慌てて紙を取り出して、「話し合いが大事」とか適当なことを書いた。


「じゃあ、紙を集めましょう。じゃ、蓬莱くんと扇さんも前にでてちょうだい」


 萱愛先生が紙を集めるのと同時に、僕と扇さんが教壇に上がる。


「さて、それじゃ皆から集めた意見を先生が読み上げますね」

「え?」


 そして萱愛先生は、みんなが書いた「僕たちが仲直りするための意見」を、名前入りで読み上げ始めた。正直、これはかなりまずいと思うんだけど……

 案の定、みんなの意見の中には「お互いに謝る」とか、「話し合いで解決する」とかそんなものばかりだった。無難だとは思うけど、みんなは当事者ではないのだから、これ以上の解決策は言いようがないだろうなとも思った。

 そして全ての紙を萱愛先生が読み上げる頃には、ホームルームがかなり長引いていた。


「うん、みんなありがとうね。先生もみんなが一生懸命考えてくれて、嬉しいわ」


 萱愛先生はうんうんと頷いている。


「じゃあ、みんなの意見を総合して、二人ともお互いに謝ろうね」

「……はい」

「……」


 萱愛先生の言葉に扇さんは返事をするが、僕は納得いかなかった。そもそも僕は一方的に暴力を受けた側なのに、なぜ扇さんに謝らなければいけないのだろうか。


「蓬莱くん、君も扇さんに謝るよね? 扇さんと元通り仲良くしたいよね?」


 萱愛先生はニコニコと僕に問いかけるが、どうしても僕は納得がいかない。こんなものはおかしいと思う。


「萱愛先生、僕は謝りたくありません」


 だから僕は、先生に初めて反抗した。


「え……?」

「だっておかしいじゃないですか。僕は扇さんに殴られているんですよ? それに僕は彼女に何かしたわけでもないし、一方的に理由もなく殴られているんです。それなのにどうして僕が謝らないといけないんですか?」


 僕としては、当然の意見を言ったまでだった。だけど、こんなことを言ったらどうなるかは、僕にもなんとなく予想は出来た。


「何を言ってるの蓬莱くん! どうしてそんなデタラメを言うの! ちゃんと仲良くしなきゃダメじゃないの! これはそのために必要なことなのよ!」


 案の定、萱愛先生は僕に怒鳴り散らしてきた。だけど僕はここで引き下がりたくはない。僕はもう、流されるままでいたくない。


「でも先生、僕は扇さんには謝れません。その代わり、扇さんも僕に謝らなくていいです。僕に対する暴力を止めてくれさえすれば、それでいいんです」

「ダメよそんなことじゃ! あなたたちはきっとわかり合えるのよ! 難しいかもしれないけど、諦めちゃダメ!」

「いやその、萱愛先生……そもそも僕は扇さんと仲直りしたいわけじゃなくて……」

「蓬莱くん! わかったわ、きっと先生の言葉がまだ届いていないのね。大丈夫、ちゃんと先生が君を良い子に戻してあげるから! 諦めないで! とりあえず、今日はもうホームルームは終わりにしましょう」


 萱愛先生は一人で何かを納得したように頷くと、ホームルームを終わりにして、教室を出て行った。……なんというか、あの先生も少し厄介そうだ。

 だけど今日、僕はやっと自分の意志をはっきり言えたような気がする。記憶を失った僕だけど、少しずつ自分の意志が確立していった気がする。そのことは、悪いことではないと思った。


 その後、教室を出ようとすると、赤尾さんが教室の前で待っていた。

「やあ、蓬莱くん。君のクラス、ホームルームがすごく長いんだねぇ」

「赤尾さん……」


 赤尾さんは左手で髪をいじり、右手に豆乳飲料を持っている。なんかこの人、いつも豆乳飲んでないか?


「あの、もしかして一緒に帰ろうと待っていてくれてたんですか?」

「当然だよねぇ。君には実感ないだろうけど、私は君の彼女だからねぇ」


 だけど僕としても、帰りを待ってくれている彼女がいるのは悪い気がしない。そう思っていると……


「ちょっと、蓬莱。なんでこんなヤツと話しているのよ」

「扇さん……」


 なぜか扇さんが、僕たちの間に割り込んできた。


「赤尾、アンタまだ蓬莱と仲良くしてるの? こんなのと付き合うなんて、アンタも物好きだよね」

「はは、言ってくれるねぇ扇綾香。だけど私が誰と付き合おうが勝手なんだから、放っておいてくれるかなぁ?」


 あれ、この二人って知り合いなのか? しかしよく考えたら、扇さんが僕の記憶を奪ったことを僕に教えたのは赤尾さんだ。以前から知り合いなのもおかしくはないか。


「蓬莱くん、ちょっと遅くなりそうだから、先に帰っててくれるかなぁ?」

「で、でも……」

「大丈夫だよぉ。すぐに追いつくからさぁ」

「……わかりました」


 ……しかしやっぱり、仲は良くないらしい。扇さんがなんでここまで赤尾さんに突っかかるのかわからないが、とりあえずここは引き下がっておこう。そう思って、僕は校門で赤尾さんを待つことにした。

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