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 しっかり休息を取ったおかげで、五日後には私もすっかり元気を取り戻した。

 胃の痛みも完全に消え、今日なんて朝起きたらおなかがクークー鳴っていたぐらいだ。


 そしてこの日の朝、陛下はようやく張りつめていた空気を解き、ベッドの脇に置かれている椅子に腰を下ろした。

 エミリアちゃんは、「私は毎日エミとずううううっと一緒にいたから、今日ぐらい気を遣ってあげるわ」と言って、散歩に出かけていった。


「エミリアちゃんと陛下って、仲良くなれたんだね! 私のことを探すのに、協力してくれたみたいだし」

「仲良くって……あれは、なんというか共同戦線を張ったようなものだ。それよりエミ、疲れたらすぐに言ってくれ」

「ふふ、もう大丈夫だって何度も言ってるのに」

「エミはすぐ無理をするから」


 陛下がそれを言う!? というツッコミは、飲み込んでおいた。


「あ! そうだ! 陛下に聞きたいことがあるの」

「何? エミの質問ならなんだって答えるよ」

「メイジーや料理長さんたちのこと。王宮で手厚く扱ってもらえたって聞いたよ。私としてはすごくありがたいけど、なんで牢獄塔に閉じ込めて、場合によっては拷問するなんて言ったの?」

「それは……」


 陛下が気まずそうに瞼を伏せる。


「ちゃんと答えてくれるんだよね?」

「うっ……。わかってる。理由は二つある。一つは、あのとき噂の出所を割り出すのに手こずっていたから、エミリアの力が借りたかったんだ。でも、俺が面と向かって頼んだところで、エミリアが動いてくれる可能性は低い。だから、わざと挑発した」

 ここにエミリアちゃんがいたら、大騒ぎになりそうな理由だ。

「もう一つは?」

「もう一つは……エミがやたらローガンを庇うから……………………悔しくて……」

「え?」


 どんどん声が小さくなっていき、ほとんど聞き取れなかったけれど、今、悔しくてって言った……?


「それに俺がエミと全然会えないってのに、ローガンも侍女も料理人もエミリアも、エミとめちゃくちゃ楽しそうに過ごしていただろ。……ずっとずるいって思ったんだよ……! その気持ちがあのとき爆発してしまったんだ……ごめん」

「え、陛下それって……やきもちをやいていたってこと?」

「やきもちって言うな……。子供っぽいだろ……」

「……!」


 なんだか陛下がかわいい。


「エミは嫉妬するような男は……嫌か?」

「うーん。程度にもよると思うけど、今の陛下は、ふふ。かわいいなって思ったよ」

「……!」


 でも、まさかそこまでやきもちをやいていたなんて驚きだ。

 ああ、だけど、そういえば陛下は前にも仲間外れにされることを嫌がっていたのだった。


「ごめんね、陛下。気づかなくて。今度、陛下の時間があるとき、みんなで一緒に何かを作ろうね!」

「みんなで一緒……? なんか勘違いされているような……」


 陛下が複雑そうな顔で、眉を寄せる。


「まあ、エミに嫌がられてないとわかっただけでもよかった……」


 そんなことで嫌ったりするわけがないのに、陛下は本気で心配していたのか、心底ホッとしたようにそう呟いた。


「なあ、エミ。話はちょっと変わるけど、今も話題に出たローガンについて、相談したいことがあるんだ」

「えっ、なあに?」

「ローガンのこと……。あいつの処遇に迷ってる。ジスランをはじめとする重臣たちの意見も割れているんだ。だからエミの意見を聞かせてくれないか?」


 私はそのことに少なからず驚かされた。


「私が口出ししていいの?」

「王妃を拐かすようなことをしたのだから、極刑に処すべきだという意見も出ている。今まで奴が国にどれだけ貢献してきたかということを加味し、減刑すべきだという意見もある。ローガンはあんな奴でも我が国の軍事力の要となっている存在だから、あいつを死刑にすれば、この国はかなりの打撃を受ける。皆、それを気にしているんだ」


 死刑という言葉に私はひどく動揺してしまった。

 元の世界でも死刑制度はあったけれど、私の日常とはとても遠い存在で、こんなふうに自分の知っている人が死刑になるかもしれないなどという現実を、突きつけられることなどなかった。

 ここは別の世界なのだという事実を、改めて実感する。


 私の怯えが陛下にも伝わったのだろう、彼は「こんな話やめたほうがいいか?」と心配そうに尋ねてきた。

 その質問に対して、首を横に振る。


 私が目を逸らしたって、この問題が消えるわけではない。

 恐ろしいことは私の知らないところで行ってもらって、私はそれを知らずにのほほんと生きていたい――なんて無責任な考えは持てなかった。


「陛下はどう思ってるの?」

「……テオドールとしての俺は、エミに危害を与えたあいつを心底憎んでいる。今すぐこの手で裁きを下してやりたいと思ってるぐらいだ。国王の立場から意見するなら、極刑でも減刑でも不都合が生じるだろうと予想している。とくに減刑を求めている者たちは、ローガンを一線から退けたくないと望んでいるからな。そんなことをすれば、王妃に害をなした人物を罰せられないほど、この国の自衛力が弱まっていると証明しているようなものだ」

 今国が抱えている問題が、人間との間の戦争であったなら、まだよかったと陛下は言った。

「それならば、どれだけ優秀な司令官であっても、ローガン一人の力にここまで依存することはなかった」

「魔獣が相手だと違うんだ?」

「ああ。今回の国境防衛戦も兵士たちはローガンの補佐をしたにすぎない。魔獣をその魔法で倒したのはローガンだ」


 それはローガンさんの力に頼らざるを得ないのも頷ける。

 私のことは考える必要ないと思う。

 歴史を振り返っても、王妃のために国王が政治を行うと、だいたいろくなことにならない。

 エミリアちゃんの名前を『傾国の姫』として歴史に残すなんて絶対嫌だ。


 でも陛下はきっとそんなこと百も承知しているだろう。

 自分の感情を優先させず、迷っているのが何よりもの証拠だ。

 彼は、国王陛下としての責任をしっかり理解している。


「どちらにしても、軍事司令官の地位に戻すことはできないな。国や国王のために、兵士はどんな犠牲も払うべきだなんて考えの者には、二度と指揮官の地位など与えられない」

「あ、待って! それはでも、治せるかも」

「治す?」

「うん、あのローガンさんの考え方って、社畜特有のものだったから、彼は今、心を病んでる状態にあるの。でも、それって、仕事から一度身を引いて、のんびり暮らせば、目が覚めるものなんだ。私もそうだったからね」

「……一度身を引かせる。なるほど。島流しか。悪くないな」


 まさかの戦国時代みたいな単語が飛び出してきた。


「し、島流し……?」

「ああ。我が国の領海に、小さな無人島がある。もう長いこと使われていなかったが、かつては政治犯の流刑地だったんだ。ローガンから仕事を取り上げ、あの自然豊かな島で、浄化されるまで放置するというのはどうだろう? 仕事狂いのあいつには、ある意味最高の罰だ」


 そう言って陛下は悪そうに笑った。

 なるほど、無人島でスローライフか。

 異世界もののジャンルで、そういうのは鉄板だったし、仕事に疲れた男性が好んで読んでいるというデータを見たことがある。


 万が一魔獣が現れたときには、連れ戻すことができると陛下は言った。

 何よりも、死刑という恐ろしい手段を、彼が自分の幼馴染であり従兄でもある人に下さなくていいのは、私にとっても救いだった。


「うん、私もその案に賛成!」


 ということで、ローガンさんは島流しの刑に処されることになった。


「それにしても、陛下って、いつもこんな大変な問題と向き合ってるんだね」


 陛下はこの過酷な世界で、ものすごい責任と重圧を背負いながら生きてきたのだ

 そういうところ、本当にすごいと思う。

 一国を背負って立つなんて私には想像すらつかない。

 陛下の年齢なんて関係なく、人として尊敬できた。


「前に子供みたいだって言っちゃったけど、そんなことないよね。私、あなたのこと尊敬してる」


 陛下が驚いたように目を見開く。

 それから照れくさそうな笑顔を見せてくれた。


「エミにそう言われるとくすぐったい気持ちになる」


 陛下はベッドの縁に置いていた私の手を取ろうとして、ハッと固まった。


「悪い、また勝手に触ろうとしてた」

「え?」

「今まで自分のものみたく触れてごめん。これからは毎回必ずエミに確認する」

「あ!」


 そうだ。そのことをまだ私はちゃんと否定してなかった。


「あ、あのね、陛下、確認はいらないっていうか、あの時言ったことは、気にしないでっていうか……えっと、その」


 ちょっと待って。

 触れないでと言ってしまったことを撤回しようと思ったのだけれど、触っていいよってのもどうなんだ……?

 何様だって感じだし、そもそも私は……陛下に触って欲しいのだろうか。

 いやいや、陛下は推しだからね……!?

 触るとかじゃなく、眺める対象というか、なんというか……。


「エミ、今のはつまり、許可を取らずにエミに触れてもいいってこと?」

「へ!? あ、はい……!」


 混乱しながら、ぶんぶんと首を縦に振る。

 だって毎回許可を取られるほうが恥ずかしいしね!?


「やばい、うれしい……」


 めちゃくちゃ幸せそうに笑った陛下が、私の頬にそっと触れてくる。

 なんでそんなうれしそうなの……。

 こんなのキュンとしないほうがおかしい。

 陛下の笑顔に思わず見惚れていると、彼の影がゆっくりと私の上に降りてきて――。


「……!」


 あっと思ったときには、柔らかい温もりが、そっと私の唇に触れていた。


「……っっっっ!?」


 自分の唇を両手で押さえて、ばっと身を引く。


「へ、陛下……!?」

「触れるのに許可いらないって言われたから」

「……!!」


 そこにキスまでは含めていなかったんだけどな!?

 確実に確信犯であろう彼は、悪そうな顔で目を細めると、「これからは不意打ちで唇を奪われないように気をつけないといけないな?」と言った。

お読みいただきありがとうございます!

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