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「エミ……!」


 魔法で呼び出した蝶々たちを消して、駆け寄ってきた陛下は、座り込んでいる私の前に膝をついた。


 何よりもまず喧嘩してしまった日のことを謝りたい。

 けれど私が口を開くより先に、陛下は感極まった声で「見つけ出せてよかった……」と言って、想いのまま私を抱きしめようとした。


 ところが私に触れる直前、ハッと動きを止め、力なく腕を下ろした。

 何かを我慢しているかのように、拳を握り締めているのが目に留まる。


「ごめん。また勝手に触れようとして……」

「あ……」


 あの日、私が『触れられたくない』と言ってしまったから、陛下はそのことを気にしているのだ。


「その……遅くなってすまない……。不安だったよな……」


 こんなに心配をかけてしまったのに、私を怒ることもなく、今にも泣き出しそうな顔で陛下が言う。

 ローガンさんと対峙していた時とは別人のようだ。


 すぐにでも陛下を安心させたい――そんな感情が湧いてくる。


 気づけば、自然と体が動いた。

 きつく握りしめられていた陛下の手に触れると、彼の肩がビクッと跳ねた。

 そのまま包み込むようにすれば、陛下は閉じていた手をゆっくり開いてくれた。

 私から陛下の手を握るのは初めてのことだ。


「陛下、私は大丈夫だから、そんな顔しないで」

「……エミがいなくなったと聞いて、生きた心地がしなかった」

「うん……。心配かけてごめんね。それに、離れ離れになる前のことも……。私が間違っていたし、陛下にひどいことしたってすごく後悔した……」

「違う、謝るべきなのは俺だ。ローガンが現れてからずっとやきもちを焼き続けていた。そのせいで冷静な判断ができなくなっていたんだ」

「えっ。でも、ローガンさんとのことはもう気にならなくなったって……」


 私が首を傾げると、陛下は気まずそうに視線を逸らした。


「……エミもローガンも、俺よりずっと大人な意見を持ってることに正直めちゃくちゃ焦ってた。だから、今以上に子供扱いされたくなくて、嫉妬していないふりをしたんだ……」

「……!」


 あの日の私は、どうして陛下がローガンさんを敵視するのかまったくわからなくて、陛下の気持ちが読めないことにすごく戸惑ってしまったのだけれど、その謎がようやく解けた。

 嫉妬している相手のことをやたらと庇われたら、いい気なんてするわけがない。


「ごめんなさい……。私、陛下の気持ちを全然わかってなくて……」

「エミが思ってる以上に、俺はエミのことが好きなんだよ」

「……っ」


 陛下の言葉に、私が頬を赤らめたとき――。


「ちょっとちょっと! 私もいるんだけど完全に忘れてるでしょ!?」


 不満げな声を聞き、ハッと我に返ると、たまりかねたように、エミリアちゃんが横から飛び込んできた。


「わ!?」


 ぶつかってきた柔らかい塊を、慌てて抱き留める。


「エーミーリーアー……。あと数秒待っていられなかったのかよ……」


 陛下が地を這うような声で恨み言をぶつけても、私の腕の中のエミリアちゃんはどこ吹く風、「むしろこれでも我慢してやったほうだわ」と言って、ベーッと舌を出した。

 私は苦笑いしながら、改めて二人に向かって頭を下げた。


「二人とも心配をかけて本当にごめんなさい」


 こうやって陛下とエミリアちゃんに謝るのは何度目だろう。

 二人より私のほうがずっと年上なのに、一番頼りないうえ、迷惑をかけてばかりいる。

 情けない。

 私がそう謝ると、陛下とエミリアちゃんは声を合わせて否定した。


「そのことだってエミが謝ることなんて何もない。悪いのはローガンだ。それに、エミのことを守りきれなかった俺も」

「それなら私だって……!」

「いや、俺のほうだから!」

「なによ! 責任を譲る気はないわよ!」


 普段どおりの陛下とエミリアちゃんのやりとりを聞いていたら、なんだか心底ホッとして、少し笑ってしまった。


「ふたりとも、助けに来てくれて本当にありがとう。すごくうれしかった……」


 言い合っていた陛下とエミリアちゃんはハッとしたように口を噤むと、照れくさそうな表情になった。

「ねえ、エミ。頼りにならなかったなんてことないのよ」

「え?」

「エミリアの言うとおりだ。エミが城内からローガンの魔法を解除してくれたおかげで、俺たちはエミの居場所を見つけ出すことができたんだから」

「でも、ローガンさんは近くにいなければ見つけられないって……」

「エミがいなくなった日からずっと、この近くにはいたんだ」


 陛下の言葉に驚いていると、エミリアちゃんが説明してくれた。


「エミがいなくなったあと、すぐに精霊たちから情報を集めたの。烏の集団がエミを連れて飛び去ったところは目撃されていたんだけど、あるところから姿が消えてしまって、行方を追えなくなったのよ」

「ローガンの魔法が広範囲を覆って、エミの居場所を隠していたんだ。あのまま、この領地の建物を一つずつ探し回っていたら、どれだけ時間がかかったかわからない」


 ローガンさんの魔力と同等以上の力を持つ人がいなければ、彼の魔法をこじ開けて中に入っていくことはできない。

 でも今この王都付近に、ローガンさんほどの魔法の遣い手は陛下以外いなかった。

 だから人員を割いて探すという方法を取れなかったのだという。

 二人の話を聞いているうち、私は違和感を覚えた。


「陛下たちはローガンさんが犯人だって知っていたの?」

「もちろん。烏を使役しているのはローガンだし、あいつはエミがいなくなったのと同時に西の砦から行方をくらましたから」

「それにエミが栄養ドリンクを作ったと噂を流した犯人の情報を私が集めて回ったでしょ。それでわかった犯人の外見の特徴が、あいつの魔道具と一致したのよ」

「じゃあローガンさん自身も、陛下たちにバレているってわかってたの? ……私には疑われてないって言ってたのに」

「自分が追い詰められていることを隠しておきたかったんだろうな」


 たしかにそのほうが主導権を握っていられる。


「ただ、どうしてエミを攫うとき、烏を目撃されるようなミスを犯したのかだけがわからない」

「……それを計画したのは、ローガンさんじゃなくて、魔道具の男の子だからだと思う」


 私が事情を説明すると、陛下は厳しい顔で頷いた。


「なるほど。あいつらしくない隙のある計画だったわけだ」

「たとえ時間がかかっても、私たちはエミを見つけ出したでしょうし、最初から手詰まりだったのよね」

「あ、そっか……」


 ローガンさんには私を拘束しておける時間にリミットがあった。

 だから、あんなに焦って癒しアイテムを作らせようとしていたのだ。


 あの数日間の社畜生活を思い出した途端、胃痛がぶり返してしまった。

 せっかく二人の顔を見て、痛みが治まっていたのに。

 私が胃を押さえただけで、陛下とエミリアちゃんはサッと青ざめた。


「エミ……!?」

「あ、大丈夫……。これはストレス性の胃痛だから、そんな大ごとでは……」

「もう陛下! こんなところで話し込んでる場合じゃなかったわ! エミを連れて帰るわよ!」

「わかってる! ――エミ、支えていいか?」


 怯えているような目で、陛下に問いかけられて戸惑う。


「あ、うん。ありがと……わぁ!?」


 支えるというより、むしろ抱き上げられてしまった。


「あの自分で歩け――」

「しっかり掴まっていて」

「そうよ、エミ! 陛下に運ばせなさい!!」


 エミリアちゃんにそう言われてしまったうえ、陛下は私の身体を宝物のように抱え込んでいる。


 少しだけ甘えていいかな……。


 きつく抱きしめてくる陛下の見た目より逞しい腕に身を委ねると、安心できる場所へ戻ってこれたのだと実感できた。

 陛下に抱きしめられたまま外へ連れ出されると、この数日間降り続いていた雨は止み、雲の切れ間から陽の光が降り注いでいた。


 あの恐ろしい雷雨は立ち去ったのだ――。

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