27
猛スピードで飛ぶカラスたちが襲いかかってくる。
それと同時に、次元が歪むような感覚を覚えた。
錯覚じゃない。
部屋がぐわんと歪み、たしかに広くなったのだ。
これはおそらくローガンさんの魔法。
私たちと陛下の間に距離ができると、カラスたちは一斉に方向転換した。
「……っ」
刀のように鋭い無数の嘴が恐ろしくて、身体が勝手に強張る。
「大丈夫よ、エミ。陛下があの男との戦いに集中できるよう、エミを守る役は私に任されているから!」
エミリアちゃんは、背中の羽をパタパタと動かしながら不敵に笑った。
「魔道具ごときが精霊様に向かってくるなんて、百万年早いのよ!」
飛び立ったエミリアちゃんが、口をパカッと開ける。
その小さな口から飛び出したのは、強烈な風の塊だった。
カラスたちはエミリアちゃんの魔法の威力の前に為す術もなく、一羽も残らず地面に叩き落とされた。
息絶えてはいないものの、戦う元気はもうなさそうだ。
間髪を容れず、エミリアちゃんが私たちを取り囲む透明なドームのようなものを出現させた。
以前陛下も使っていたから知っている。
これはバリアのような魔法だ。
「私たちはこれで安全よ。あとは陛下があいつをボッコボコにするのを待つだけね!」
ローガンさんはカラスたちが倒されても、顔色一つ変えなかった。
「アタシには見えない何かに妃殿下を守らせているようね。こんな魔法まで使えたなんてさすが陛下」
「あれは俺の力じゃない。エミの守護者のようなものだ」
「力を持たない妃殿下が、精霊を使役するなんて無理でしょ」
「エミはおまえの理解を優に超える存在なんだよ。さあ、くだらないおしゃべりの時間は終わりだ。かかってこい」
ローガンさんは面白がるように笑うと、詠唱をはじめた。
彼の周りに、赤黒い炎が燃え上がる。
衝撃を受けながら見守っていると、炎は彼の頭上で巨大な竜へと変化した。
「うわっ。火竜を召喚するなんて、やっぱりあいつ軍事司令官を任されているだけあるわね……」
エミリアちゃんが忌々しそうに言う。
魔法について詳しくない私でも、ローガンさんがとんでもないものを呼び出したことぐらい理解できた。
炎に包まれた竜は、鱗のびっしりついた尻尾を陛下に向かって振り回した。
タッと飛び立って、陛下がそれをかわす。
今まで陛下が立っていた地面は、火竜の尻尾に打ち付けられ、大きく陥没している。
あんなものが当たったらひとたまりもない。
私は祈るように手を握りしめた。
「陛下、あなたはどれほどすごい召喚獣を見せてくれるの?」
ローガンさんの問いかけには答えず、陛下は静かに詠唱をはじめた。
途端に周囲の空気がぴんと張り詰めた。
ドームの中にいる私の髪さえ、何かを感じ取るように靡いている。
その直後、陛下の伸ばした右手から、薄桃色の無数の蝶々がふわっと舞い上がった。
それはまるで桜吹雪のようで、ハッとするほど美しい光景だった。
「……! どういうつもりよ、陛下。なんでそんな蝶なんか……」
「エミが蝶を好きだと言っていたんだ。どんなときでも、エミを喜ばせられる機会があるのなら、利用しないとな」
呆然としているローガンさんと違い、余裕のある陛下は、こちらに視線を向けると不敵に微笑んだ。
「いくら陛下でも、火竜を蝶で倒すなんて無茶よ。すぐ後悔することになるわ!」
そう叫んだローガンさんが合図をすると、火竜は重そうな翼を広げて飛び上がった。
地響きがするほどの雄叫びが響く。
黒々した炎がその口から吐き出された。
炎に狙われた蝶々たちは、逃げ場所を求めて散り散りに飛び回っている。
ローガンさんの言うとおり、陛下が不利すぎる。
「どうしよう、エミリアちゃん! このままじゃ陛下が負けちゃう!」
「まさか。あいつがエミの前でそんなみっともない姿を晒すわけないわ」
「でも……」
「あいつの実力は、精霊であるこの私が認めているのよ。大丈夫。あいつは絶対に負けない」
エミリアちゃんが力強く頷いてくれる。
「……わかった。私も陛下を信じる」
はじめのうち、蝶々たちはただ逃げ惑っているように見えた。
その飛び方に規則性があると私が気づいたとき、不意に静電気がぴりつくような気配が場に満ちた。
髪がふわっと揺れる。
ハッとしたようにローガンさんが目を見開く。
その瞬間、蝶々たちの羽から桜色の粉がキラキラと舞った。
きらめく桜色を浴びた火竜は、身体中が痺れているのか、微かに震えるだけで指先一本動かせなくなっていた。
蝶々たちが動けなくなった火竜の身体に止まる。
するとその場所が灰色に変色し、石化した。
蝶々たちはどこまでも優雅に、容赦なく、火竜を覆い尽くしていった。
暴力的な存在が圧倒的な美しさに飲み込まれる。
私は言葉もなく、ただその美を眺めていることしかできなかった。
火竜の身体が完全に石化する。
それは静かで、でも確かな勝利だった。
――と同時に、肩で息をしていたローガンさんが、よろめき倒れ込んだ。
何が起きたのかわからずエミリアちゃんを振り返る。
「召喚獣とその主は深く繋がっているから、火竜の受けたダメージをあの男も負ったのよ」
「それじゃあ……」
「ええ、あの男はもう立つこともできないはずよ」
エミリアちゃんの言葉を証明するように、ローガンさんは両手をあげて、降参だと告げた。
「アタシこれでも我が軍一強いって言われてるんだけど。蝶なんかに倒されちゃうなんて。陛下ってほんとに化け物ね……」
「ローガン、申し開きがあるなら聞いてやる」
「……あは。どんな理屈をこねても、許してくれる気なんてないでしょ」
平静を装っていても、ローガンさんは明らかに焦っている。
「これだけは言わせて。すべては陛下とこの国のためにしたことよ」
「『俺のため』という名の自己満足だろ」
「ちが……!」
陛下は冷ややかにローガンさんを見下ろした。
「その事実にすら気づいていなかったのか? おめでたいやつだな。誰かのためなんてのは、結局、そうしたい自分のためでしかないんだよ」
「そんなこと……」
認めたくないというように力なくローガンさんが首を振る。
「おまえのことは俺にも責任がある。もう二度と俺のために生きるなんてことができないようにしてやる」
「どういうこと……! 陛下のために生きる道しかアタシにはないのよ……!」
取り乱すローガンさんを相手にせず、陛下は外に待機していたらしい兵士たちを呼び寄せた。
まともに動けないローガンさんは、ほとんど抗うことも出来ないまま、連行されていく。
ローガンさんの姿が完全に見えなくなるのを確認してから、エミリアちゃんは透明なドームを解除した。
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