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 ロキと名乗った少年に起こされたローガンさんは、こめかみを押さえながら「気を抜くとまた眠ってしまいそうだわ。妃殿下の作るアイテムは本当にとんでもないわね」と言った。

 私は元いた部屋に戻され、蝶々ちゃんは魔法のかかったガラス瓶に閉じ込められてしまった。私にはその瓶を開けることができない。


「ロキ、私が眠っていたのってどれくらいの時間?」

「おそらく数分かと」

「それなら陛下が近くにいない限り、この場所を特定するのは無理ね」


 どういうことだろう。

 ローガンさんが眠っている間は、この城に施されている魔法が解けるということ?

 戸惑っている私の視線に気づいたローガンさんが、ふっと表情を崩す。


「魔法の効果を継続させるためには、眠る前に毎回、魔力を送り込んでおく必要があるのよ。今みたいに突然眠らされちゃうと、それができないってわけ」

「……」

「ああ、だけど期待しても無駄よ。妃殿下も聞いていたでしょ? あんな短時間じゃ、いくら陛下でもこの場所を割り出すのは無理」

「でもこの近くにいたら見つけてもらえるんですよね」

「あは。ここを陛下がピンポイントで探している可能性は豆粒より小さいわよ。こんな忘れ去られた廃城。王都からもだいぶ離れているしね」


 ようやく掴んだチャンスを台無しにしてしまった事実を思い知らされ、身体から力が抜けていく。


「あなただって、陛下の役に立ちたいって言ってたじゃない。さあ、私と一緒に陛下のためになることをしましょう?」


 なんて私は馬鹿だったんだろう。

『陛下のため』という言葉に隠された利己的な想いにまったく気づかないなんて。

 しかもそのことで陛下を責めてしまった。


『腹を立てるのがおかしいとは思わないの? ローガンさんはあんなに陛下のためを思って行動してるじゃない。もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないかな』


 自分が彼に放った言葉を思い出し、心底後悔する。

 そんなことは望んでいないと言って怒った陛下のほうが、ずっと真実を見極めていたのだ。


 ごめんね、陛下……。


 今すぐ彼に謝りたい。

 言ってしまったひどい言葉や、彼を傷つけた態度のことを。


 でも、言葉が届く距離に陛下はいない。

 もしかしたら、私はこのまま永遠に陛下と会えないかもしれない。

 ここに連れてこられてから、できるだけ考えないようにしていた恐怖が心を占領する。

 ここから二度と出られないと想像した途端、目の前が真っ暗になった。


「……っ」


 息ができないぐらい胃が痛い。

 エミリアちゃんのか弱い身体が、耐えきれないストレスに対して悲鳴を上げている。

 ついに立っていられなくなり、その場に頽れる。

 顔を上げられないから、ローガンさんの反応はわからない。


 胃が千切れそう。

 ああ、もう、だめだ……。

 痛みのあまり、石の床に倒れ込んだとき、突然、猛烈な爆発音が響き、建物が激しく揺れた。


「な……な、に……?」


 震える声で呟き、おそるおそる顔を上げる。

 鉄格子のついていた壁が木っ端微塵に破壊されて、そこから白煙が立ちこめている。

 ジャリっと瓦礫を踏む音が聞こえた。

 身を固くして、呆然とそちらを見つめていると――。


 煙の中から姿を現したのは、私が見たこともないほど怒り狂った陛下と、その頭に必死にしがみついているエミリアちゃんの姿だった。


 陛下は何より先に、床で蹲っている私に目を向けた。

 ただでさえ険しかった眼差しの刺々しさが増す。

 すぐさま私の傍へ駆け寄ってこようとしたけれど、ローガンさんの存在を視界に入れ、堪えるように唇を噛みしめた。


「エミリア、エミを頼む」

「わかってるわ!」


 陛下の頭上から飛び立ったエミリアちゃんが、急降下で私の目の前に着地する。


「エミ、助けに来たわ! もう大丈夫よ!」

「エミリアちゃん……」


 二人が来てくれたことが信じられなくて、名前を呼ぶことしかできない。

 陛下は私たちを守るように、ローガンさんと対峙した。

 その直後、この騒ぎを聞きつけたのだろう、二十羽近いカラスが室内に舞い込んできた。

 カラスたちはローガンさんの指示を待って、彼の頭上を旋回する。


「陛下、あなたと戦う理由はアタシにはないけど」

「だったら大人しく連行されるか?」

「それは困るわ。まだアタシはこの国と陛下のためにやらなきゃいけないことが山ほどあるもの。今の陛下じゃ冷静に話を聞いてくれそうにないから、一旦逃げさせてもらうわね」

「へえ。俺を倒して逃げおおせるって?」


 陛下が冷ややかに目を細めて、ローガンさんを睨みつける。

 ローガンさんは追い詰められた獣のような表情を浮かべ、頭上のカラスたちに向かって手を掲げた。

 それが戦い開始の合図となった。

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