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ローガンさんが言い放つのと同時に、窓の外で雷鳴が轟いた。
突然のことに驚き、悲鳴を上げそうになる。
話に気を取られている間に勢いを増した雨が、窓ガラスを容赦なく叩きつけていた。
「今日からこの城で、朝から晩までひたすら『癒しアイテム』 を作ってもらうわ。あなたの趣味で、好きなことでもあるのだから苦じゃないわよね。それにね、これはあなた以外にできないことだし、兵士たちみんなから求められているのよ。やり甲斐を感じるでしょ?」
私はローガンさんの言葉に呆然となった。
『好きでやってるんだから文句はないな』『やり甲斐のある仕事だろう』『求められているんだから頑張れるよな』
これは社畜時代に、上司から散々言われてきた台詞だ。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
ローガンさんは、社畜製造器だ……!!
振り返れば離宮にいた頃も、ローガンさんに乗せられ、休憩を取らずに一日中栄養ドリンクを作り続けていた。
それは陛下も止めるわけだ。
怖すぎる……。社畜ってこんな簡単に再発するものなの……?
しかも自分でそれに気づけていなかったなんて……。
私が震え上がるのと同時に、またズキンと胃が痛んだ。
この胃痛の原因もようやく腑に落ちた。
これは社畜化がもたらしたストレスによるものだ……!
「というわけでさっそく――」
「私はもうお手伝いできません」
「あら……。なぜ?」
「こんなふうに閉じ込めておいて、私がほいほい協力すると思うなんてどうかしています」
「居場所が変わっただけじゃない。妃殿下はもともと離宮に閉じ込められていたでしょ。出歩けるのなんて裏の林の中までじゃない」
「でも、陛下は私を自由にさせてくれていました」
「ほんと。それって宝の持ち腐れだってずっと思ってたのよ。――あのね、妃殿下。うちの国は三つの小国が合体してできた連合国なの。知ってた?」
私は黙ったまま首を横に振った。
「そのせいで周辺の歴史ある大国に比べて地力がないのよ。軍隊の規模も他国の四分の一ってところね。そのうえ、魔獣の襲来を頻繁に受けている。それでかなり国を守る力が弱まっているわ。早急に軍隊を強化しないと、国をのっとられ兼ねないわ。たとえば、うちの領土をずっと欲しがっているあなたの祖国、なんかにね」
軍を守るローガンさんには、彼なりの事情があるのもわかる。
それでも、私はほだされない。
ルゥくんとローガンさんが蝶々ちゃんにしたことを、私は許せなかった。
「とにかく、もうあなたのためには何も作りません」
「そう言われても、こっちにはあなたを離宮に戻してあげるっていう選択肢はないのよ。そんなことしたら、陛下は二度とあなたとアタシを関わらせないでしょうし。それ以前に、アタシは即座に殺されるはずよ。あの人の何より大事にしてるものを攫っちゃったんだから」
「そこは私がちゃんと仲裁して、陛下を説得するので……!」
ローガンさんは私の言葉などまったく信頼していないとでもいうように、鼻で笑った。
「妃殿下。あなたが陛下の手綱を握れるとはまったく思えないんだけど。まあ、いいわ。じゃあこうしましょ。妃殿下が手を貸してくれるなら、その瀕死の蝶をある程度直してあげる。もちろん陛下に連絡を取らせるわけにはいかないから、情報を飛ばすための触覚も、目の前で起きたことを記録するための眼球も戻すわけにはいかないけれど。この部屋の中なら元気よく飛び回れるようになるわよ。ただ、もしまだ協力を拒むっていうなら、この場でその子を壊すわ」
「……っ。あなたは最低です!」
「あは、かもね。でも、最低な人間に成り下がっても、私は陛下を支えるこの国の軍隊を守らなければいけないのよ」
「それで陛下が喜ぶと思ってるんですか?」
「お馬鹿さんねえ、妃殿下。主を喜ばせることだけ考えて行動するなんて、無能な部下がすることよ」
隣で小さくなったルゥくんの頭を、ローガンさんが乱暴に撫でる。
「陛下を喜ばせるのではなく、結果的に彼の役に立つことをする。それが私の使命なの。さあ、妃殿下。どうする? 決断して」
「……」
「陛下の助けを期待しても無駄よ。栄養ドリンクを作ったのが妃殿下だっていう噂が広まったあとに、あなたが失踪したでしょ? 城では今、特別な技術を狙った何者かが妃殿下を拐かしたっていう線で捜査が行われているわ。段階的にちゃんと噂を流しておくなんて、ルゥも意外と優秀でしょう?」
「それじゃあ、あの噂もルゥくんが……」
「あと、そうそう、妃殿下の存在を探知されないよう、この城の周辺には魔法をかけてあるの。その魔法陣の中にいる限り、陛下はあなたを見つけることはできない」
ローガンさんは私の希望を根こそぎ摘み取ると、満足そうに口元を歪めて笑った。
「それで、あなたの答えは?」
私にはローガンさんの要求を飲む以外、道はなかった。
◇◇◇
ローガンさんは約束を守り、即座に蝶々ちゃんを治してくれた。
ただし「妃殿下が癒しアイテム作りを拒んだら、蝶は元通りよ」と釘を刺すことも忘れなかった。
卑劣な彼に対して、どれだけ頭にきても今は大人しく従うしかない。
その翌日、ローガンさんは自らの手で、癒しアイテムを作るための様々な器具を運び込んだ。
「前にも言ったとおり、どんな効果が付くのか確認したいから、まずは一通り全部作ってもらいたいの。妃殿下のリストに書かれていたのは、五十八種類だったわね。とりあえずそれを十日で完成させて」
何そのスケジュール!?
一日五個作っても間に合わないじゃない!?
そもそも一日に五個作るなんて無茶だ。
それを伝えると、ローガンさんはにっこりと笑った。
「他にすることないんだからいけるわよ。がんばって、妃殿下」
「ありえません! それじゃ寝る時間も取れませんよ!」
「人間、一日二日寝なくても平気よ?」
だめだ。この人、本当に筋金入りの社畜メイカーだ。
話しているだけで疲れてきた。
「兵士さんたちにもそんな無茶を強いているんですか?」
「もちろん。でも部下だけじゃなく、アタシだってちゃんとバリバリ働いているわよ。とくに王都に帰還してからは、日中妃殿下のところに通いどおしだったでしょ? だから、自分の仕事を夜にやるしかなくて、連日徹夜続きだったし」
「あなた自身も社畜か……!」
もうやだ。
この世界の人たちってどうしてこうなの……。
「社畜ってなあに?」
「つまり、仕事の奴隷ってことです!」
「仕事っていうより、アタシたちは国の奴隷よね。兵士であるアタシも、公人である妃殿下も。みんな国と国王の所有物なんだから。命がけで尽くすのも当たり前ってわけ」
いや、当たり前なわけがない。
そんな個人の幸せが蔑ろにされている国で、誰が生きたいと望むのか。
少なくとも、アタシはそんな国を大切には思えない。
「私はローガンさんの意見に賛成できません」
きっぱり否定すると、ローガンさんは物わかりの悪い子供に向けるような表情を浮かべた。
「さ、妃殿下。これから作るものの材料を教えてちょうだい。すぐに仕入れてくるわ。十日で五十八種類だから、明日はとりあえず六種類の材料が必要よね」
ローガンさんは、意味深に蝶々ちゃんを見ながら言った。
従うしかないのだと暗に示しているのだ。
――でもね。
私だって何も考えていないわけじゃない。
気持ちだけでもローガンさんの与えてくるプレッシャーに負けないよう、無理矢理笑って彼に伝えた。
「じゃあ今からいう材料を用意して下さい。ラベンダーの花、香水の瓶、それから――」
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