21
一日中寝ていたというのに、翌日も私の体調は万全とは言い難かった。
なんとなく体と頭が重いのに合わせて、胃の辺りがキリキリする。
そういえば転生したばかりの時も、似たような体調不良に陥ったのだった。
あのとき胃の調子が悪かったのは、死ぬ前にエミリアちゃんが断食していた影響だと思っていたのだけれど、こうやって再発したことを考えると私の推測は間違っていたのだろうか。
陛下はものすごく心配して、今日も一日ついていると言ってくれた。
でも、さすがに二日も仕事をさぼらせるわけにはいかない。
ちゃんと休む、部屋から出ないと約束して説得すると、陛下は渋々といった様子で仕事に向かった。
本当は胃痛ぐらいで安静にしてるのもどうかなと思うのだけれど、陛下を安心させるにはこうするしかなかった。
――今はその選択を後悔している。
実は私が休んでいたこの日、離宮の外では大事件が起きていたのだ。
それを知ったのはさらに翌朝になってから。
異変に気づいたのは、その日の朝現れた侍女さんがメイジーではなかったからだ。
メイジーが非番の日は六日に一度で、彼女は前日に必ずそのことを伝えてくれていた。
今日は休みではなかったはずだけれど、もしかして彼女まで体調を崩してしまったのだろうか。
代わりの侍女さんにメイジーのことを尋ねると、なぜか言葉を濁され「このあと陛下がご説明にいらっしゃるそうです」と言われてしまった。
私の身支度を手伝い終えると、侍女さんは質問されることを避けるように慌てて部屋を出て行った。
「なんだか妙ね」
私が一人きりになったのを見て、再び姿を現したエミリアちゃんが首を傾げる。
「そうだね……。陛下がわざわざ説明にくるなんて。メイジーに何かあったんじゃ……」
胸騒ぎを覚えた途端、また胃がキリキリと痛み出した。
ああ、もう。
今はそれどころじゃないのに……!
胃痛を無視して、落ち着きなく部屋を歩き回っていると、しばらくして陛下がやって来た。
「陛下、よかった! 待ってたの!」
「おはよう、エミ。……まだあまり顔色がよくないな」
「そんなことよりメイジーは? 何があったの?」
矢継ぎ早に問いかけると、難しい顔つきになった陛下が座るように促してきた。
その態度が私の不安をいっそうかき立てる。
それでもとにかく従うしかなくて、ソファーに浅く腰掛けると、すぐ隣に座った陛下が私の手を握ってきた。
「昨日、兵士たちの間に、栄養ドリンクを作り出したのはエミだという噂が広まった」
「え!?」
「噂の出所はまだ割り出せていない。しかし、真実を知る人間は限られている。俺たち以外には、エミの侍女のメイジーと、離宮の料理人たちだ。その者たちは今、王宮内の幽閉塔に捕らえてある」
あまりのことに絶句する。
「捕らえてあるって……なんでそんなことしたの!?」
「その者たちの中に噂を流した犯人がいるからだよ」
「メイジーや料理長さんたちが噂を広めるわけないよ……!」
「なら、他に誰か話した相手はいるか?」
「それは……」
「だったら、そいつらの誰かが秘密を漏らしたということになる」
「それはおかしいじゃない。陛下の部下の男、ローガン・ヒルは?」
不機嫌な顔で黙ってやりとりを聞いていたエミリアちゃんが、そこで初めて口を開いた。
ローガンさんの話題が出た途端、陛下の眉間に深い皺が寄る。
「もちろんローガンにも事情を聞く。ただあいつは、一昨日の時点で、西の砦に追い払っていたんだ。今のところ兵士たちは皆、噂を聞きはじめたのは昨日だと言っている」
「……」
「昨日不在の人間には噂を流せなかったってことね」
黙っている私に代わって、エミリアちゃんが返事をした。
「一昨日のうちに誰かに話して、一日黙っていろと言った、という可能性もなくはないけどな」
「噂をそんな簡単にコントロールできるとは思えないわよ」
「まぁ、そういうことだな。それにローガンはエミの能力をかなり高く買っていたから、そもそも噂を流す動機がない。こんな噂が広まれば、今後エミが癒しアイテムを作るのは難しくなる。軍のためにエミの癒しアイテムを求めているローガンが損をするだけだ。まあ、そのすべてがローガンの演技で、異世界人であるエミを陥れて排除するつもりだった……って線も消えたわけではないが」
冷ややかな態度で分析する陛下には、ローガンさんを庇おうという気持ちがまったく見られなくて私を戸惑わせた。
従兄弟なのにどうして……?
それに、一昨日の時点で西の砦に追い払ったって……。
「……ねえ、陛下。どうしてローガンさんは西の砦に行くことになったの?」
「はっ。この期に及んで、まず気になるのはそこ?」
陛下は一瞬、ひどく傷ついたかのように瞳を揺らし 、でもすぐに意地悪な笑みをきれいな顔に貼りつけた。
「ちょっと陛下!? エミに対してなんて態度取るのよ!」
私を庇ってくれたエミリアちゃんを、陛下が煩わしげに睨みつける。
「精霊殿はそこで喚いていることしかできないのか?」
「なんですって?」
「単なるエミのペットではないと言うのなら、その精霊の力を使って噂の出所を突き止めてきたらどうだ。それさえわかれば、俺も侍女や料理人たちを尋問する必要がなくなる」
尋問って……。
「それって穏便に事情を聞くだけだよね?」
なんだか嫌な予感がして尋ねると、陛下は軽く肩を竦めてみせた。
「さあな。犯人がすんなり白状しないのならば、穏やかに話をするだけじゃ済まなくなる。拷問官はもう呼び寄せてある」
私の日常にはなかった単語が出てきて、言葉を失う。
ありえない……!
メイジーや料理人さんたちをそんな目に遭わせるわけにはいかない。
「陛下、お願い! みんなにひどいことをしないで……!!」
「たとえエミの頼みであっても、それは承諾できない。俺は俺の大事なものに害をなす輩を優しく扱うほどお人好しじゃないんでね」
「ただ噂を流されただけだし、害をなすっていうほどじゃ――」
「本気で言ってるのか? 今までどんな研究者も成し遂げなかった薬を作ったのが、エミだと知れ渡ったんだぞ!?」
陛下から向けられる眼差しの中には、どうしてわかってくれないんだという非難の感情が色濃く滲んでいた。
「これだけ不特定多数に広まってしまったら、記憶を消す魔法では対処できない。栄養ドリンクを分析された場合、あのアイテムに魔力がまったく宿っていないと気づかれる可能性だって十分ある。そうなったらエミが異世界からの転生者だとばれてしまう。異世界人だとわかったら、どんな危機が待っているか、どれだけ命の危険に晒されるか――それはもう説明したよな?」
「うん……」
「なら俺が噂話を流した人間に対して、どれだけ苛立っているかわかるだろう? そいつはエミの首にナイフを突きつけたのと変わらない」
「そうだとしても、疑いがあるってだけで牢屋にいれるなんてやっぱり間違ってるよ。せめて、自分の部屋で謹慎ぐらいにしてあげて!」
「だめだ」
いまや彼の心は完全に閉ざされていて、私の言い分なんてまったく聞いてくれそうになかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう 。先日の夜、ちゃんと話せばわかってくれると思っていたのに、私のその考えは甘かったのだろうか。
私が力なくソファーに座り込むと、エミリアちゃんが膝の上に前足をかけてきた。
足の間に両手を入れて抱き上げると、エミリアちゃんが力強い声で言ってくれた。
「エミ、大丈夫よ。馬鹿陛下なんてあてにしなくても、私が噂話を流した犯人をすぐ見つけてきてあげる!」
「エミリアちゃん……」
「姿を消して兵士たちの間を飛び回れば、情報収集なんて簡単にできるわ。いまからひとっ飛びしてくるから。――陛下、一日待ってなさい!」
エミリアちゃんは陛下に向かって右足をビシッと突き出すと、返事を待たず窓から飛び出していった。
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