17
私を引き連れてローガンさんが向かった場所は、王宮内にある兵舎だった。
「っと、お先に失礼。妃殿下は姿を見られるわけにはいかないから」
私に向かって手を掲げると、ローガンさんは何かの呪文を唱えた。
「……っ。なにこれ……!?」
信じられないことに、私の体が少しずつ透けはじめ、やがて完全に見えなくなってしまった。
「姿隠しの魔法よ」
「……! すごい……。魔法ってこんなこともできるんですね!?」
「ほら、妃殿下。こっちよ」
手前に並んだ石造りの重厚な建物は、私の生活している離宮とはまったく雰囲気が違っていて?、どことなく威圧感がある。
あれが兵舎だとローガンさんが教えてくれた。
彼の執務室も、あの建物の中にあるらしい。
兵舎の先には、騎馬隊の馬が繋がれた飼育小屋があり、さらにその先には訓練場が広がっていた。
「気をつけてね。その魔法はただ姿を見えなくしているだけだから。誰かにぶつかったりすれば気づかれるわ。とはいっても、この周囲には今、ばれないよう結界を張ってあるから、誰も近づけないけれど」
ローガンさんは私を兵舎の裏側に連れていった。
「そこの窓から中を覗いてみて。室内には、今日栄養ドリンクを飲ませる予定の最後の兵士たちが休んでいるわ」
そう言い残すと、彼は私を置いて兵舎の入り口のほうへ向かっていった。
おそらく栄養ドリンクを届けるのだろう。
……私の作った栄養ドリンクを、兵士さんたちが飲んでくれる。
ローガンさんは、その兵士さんたちの姿を見せたくて、私をここに連れてきたのだろうか。
もしそうだとしても、いきなりどうして?
「……」
自分の姿が見えなくなっていることはわかっているけれど、堂々と覗く気にもなれないので、こっそりと様子を窺ってみる。
「え……」
窓の向こうには、広々とした部屋があった。
そこにぎっしりと簡易ベッドが並べられている。
すべてのベッドは、若い男性で埋まっていた。
彼らの体に外傷は見当たらない。
しかし、一目で彼らが病を患っていることはわかった。
見開かれた目に生気がまったくないのだ。
彼らは濁った目で一様に天井を見つめている。
薄く開かれた口からは、唾液が垂れ流されていた。
あの人たちの状態は、どういうことだろう……。
ゾッと鳥肌が立つ。
まるで見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。
耐えられなくなりそうになったとき、ガラス瓶を持ったローガンさんが部屋に入ってきた。
その瞬間、病人たちの看病をしていた兵士さんたちの表情がパッと明るくなる。
「軍事司令官殿!」
「すぐに飲ませてあげましょう」
ローガンさんは駆け寄ってきた兵士さんたちに頷き返し、栄養ドリンクを配っていった。
栄養ドリンクの入った吸い飲みを手にした兵士さんが、私の覗いている窓の近くにも駆け寄ってくる。
「リック、ほら! このドリンクを飲めば、おまえもすぐ元気になれるからな!」
リックと呼びかけた病人の背中を支え起こす。彼の声は微かに震えていた。
まるで病の仲間だけでなく、自分自身にも大丈夫だと言い聞かせているようだ。
彼の不安な想いはよくわかる。
リックさんの目は相変わらずうつろで、瞳に輝きはない。
生きているようには見えなくて、それが辛い。
……私の栄養ドリンクを飲んだだけで、本当に元気になるの?
「さあ、飲むんだ」
吸い飲みがリックさんの口元に近づけられる。
半ば強引にドリンクが流し込まれると、リックさんの喉がこくこくとわずかに動いた。
私は息をするのも忘れて見守り続ける。
リックさんが、ゆっくりと瞬きをした。
あ……! 目に光が戻っている……!!
それどころか、信じられないことにリックさんはもう支えなどなしに座っていられるようだ。
「あれ……。俺……? 眠っていたのか……?」
ずっと喋っていなかったせいか、声が掠れているけれど、不思議そうに周囲を見回すリックさんはまったく病人に見えない。
嘘みたい……。
さっきまでとはまるで別人だ。
リックさんだけじゃない。
彼と同じように栄養ドリンクを与えられた兵士さんたちは、みるみるうちに元気を取り戻していった。
すべての病人に栄養ドリンクが行き渡ると、彼らの回復を祝して、病室内に大歓声が上がった。
「この飲み物を作り出してくれた方には、感謝してもしきれないな!」
「本当だ! そのお方は我々の恩人だ!!」
「軍事司令官殿、その方に直接お会いしてお礼を言うことは難しいのですか? 王立研究所の研究員さんなんですよね?」
「残念だけど開発者の名前は明かさない約束になっているのよ。でも、あんたたちの気持ちはちゃんと伝えておくわよ」
「是非お願いします! その方がいなければ我ら騎馬隊は間違いなく壊滅していたはずです」
「なあ、みんな! 我らの恩人へ感謝の気持ちを込めて万歳をしようじゃないか!」
一際屈強な男性がそう提案すると、兵士さんたちが一斉に両手を掲げて、うおおおっと叫んだ。
病人服を着ている人たちも、今やベッドの上に立ち上がって大騒ぎしている。
野太い声で続く万歳三唱が、私に向けられているものなんて……。
その事実が恥ずかしくて、私は窓辺からこそこそと離れた。
私はただ、自分のかつての知識で栄養ドリンクを作っただけなのにな。
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