15
それから数日。
私は朝から晩までせっせと栄養ドリンクを作り続け、当然ながらメイジーやローガンさんと過ごす時間が増えた。
振舞い方について話して以来、ローガンさんは変におべっかを使うことをやめ、旦那さんの従兄弟という立場で接してくるようになった。
そしてその態度は、嬉々として嫁をいびる小姑そのものだった……!
「やだ。妃殿下ったら。この程度のガラス瓶、まとめて三本は持ってもらわなくちゃ話にならないわよ。本当に貧弱ねえ。蝶よ花よって可愛がられてればいいお姫様ならそれでも問題ないんでしょうけどね。一国を支える王の后としては失格よ」
毎日聞かされまくっているうちに、ローガンさんのお小言になれてしまった私は、もはやこのぐらいでは動じない。
「できるだけたくさん食べるようにしてるんですけどね。なかなか太れなくて」
へらっと笑ってそう返す。
かつての私がこんな発言を聞いたら、間違いなく羨ましがっただろう。
佐伯えみの体で食べ過ぎれば、その結果が体重にしっかり現れていた。
でも、エミリアちゃんの体はそうではないのだ。
「とにかく大事なのは筋肉よ。鶏肉を食べて運動をするのよ、妃殿下。私がしごいてあげるわ。ふふふふふ」
「なんですかその黒い笑いは。怖いので遠慮しておきます」
「あら、あなたにとって立派な王妃になりたいって気持ちは所詮その程度のものだったの。あー、ほんとがっかり。せっかく少しは見所のあるお姫様かと思ったのに。運動ぐらいで怯むような意気地なしだったなんて――」
「あああもうっ! 毎日毎日オラ、ほんと我慢ならねえ! ヒル卿、ご無礼失礼しますよっ! なんでそったらことばっか言って妃殿下を苛めなさるんですかっ!!」
隣でやりとりを聞いていたメイジーが感情的になるあまり方言を使うと、ローガンさんは待っていましたと言わんばかりの顔になった。
初めて二人が会った日、メイジーは今のようにローガンさんにいびられる私を庇って怒ってくれた。
気持ちよく啖呵を切るメイジーをすっかり気に入ったローガンさんは、それ以来、ことあるごとにわざと彼女を煽るのだ。
「こんな可愛らしい妃殿下を苛めるなんて、オラには到底理解できません!」
「ええ? どうして? 可愛いからこそ苛めたいってことあるわよ」
「へっ。そ、そうなんですか……?」
煙に巻かれたような表情のメイジーを見て、ローガンさんがクスクス笑う。
メイジーが意見することを無礼だと言い出さないのは助かるけれど、おもちゃ扱いは可哀想だ。
「ローガンさん、あんまりメイジーをからかわないでください」
「庇い合う主従関係っていいわねえ。そういうのアタシ大好物」
「好物!?」
そんなふうに揉めていると、なにやら同じように言い争っているような声が風に乗って運ばれてきた。
「――そうは言っても陛下、ある程度は目を瞑らないと。妃殿下に子供だと思われたくないのでしょう?」
「俺の行動のどこが子供っぽいって言うんだ。空いた時間に妻のご機嫌伺いをしているだけだ」
「たった数分しかない空き時間に無理して会いに来てるという言い方のほうが正しいですね。何より問題なのは、そうやって妃殿下を訪問するのが、本日でもう三回目だっていうことですよ」
会話の内容がしっかり聞こえるようになったところで、陛下とジスランさんが姿を現した。
「エミ、会いに来たよ。何か問題はないか? いや、聞くまでもないな。あるよな。ローガンにまた不愉快なことを言われただろ? エミさえ望めば、速攻ローガンを地の果てまで左遷してやる。どうだ?」
「やあね、陛下! 職権乱用よ!」
「うるさい」
陛下に睨みつけられたローガンさんがしなを作って、「きゃーこわいー」と言っているけれど、当然のように私の両手を握った陛下は全然聞いていない。
「あの陛下、さすがに一日三回は来すぎじゃない……?」
ジスランさんは明らかに困っているし、仕事に支障が出ていそうだ。
ところが私がそう心配した途端、陛下はこの世の終わりとでもいうような表情になって、肩を落としてしまった。
「……それはつまり一日三回も会いに来るなってことか?」
「えっと、今の感じだと仕事も休憩も中途半端になっちゃうんじゃないかな?」
「そんなこと言われても、俺は一瞬でもいいからエミに会いたい」
うっ。駄々っ子みたいな陛下、ちょっとかわいいじゃないか……。
って、ときめいている場合じゃない。
陛下のためにも、年上の私がしっかり諭させねば。
「無理して一瞬会ったところでまともに会話もできないよ。それに、前は一日に一回お茶をするだけでも、『息抜きになった、これで仕事ががんばれる』って言ってくれてたじゃない?」
「……エミがローガンたちといるから、気になって様子を見に来たくなるんだよ。本当はずっと一緒にいて、何をしているのか全部把握していたいくらいだ」
つまり、私たちがわちゃわちゃしてるから、仲間外れにされたくない的なことかな?
ふふ。陛下もなんだかんだいいながら十七歳だな。
仕事を最優先させていた頃の陛下と比較すると、それ以外のことに目を向けてくれるようになったのはいい兆候の気もする。
だけど、こうやってサボっている分は、結局、全部陛下に返ってくるわけだから、今のこの状況が陛下のためになっているとは残念ながら言えなかった。
「陛下、仕事中は私たちのことを一旦忘れるほうがいいんじゃないかな?」
「……エミはそうして欲しいのか」
「うん。現実的に考えて、陛下と私たちのするべきことが違う以上、ずっと一緒に行動するっていうのは無理があるし」
執務室に引きこもって、一人で書類仕事をしている陛下が、青空の下でわいわいと物づくりをしている私たちを羨ましく思う気持ちはよくわかるから、可哀そうなのだけれど。
仕事を片づけて合流してとしかいいようがないものね……。
「そういうときはわりきってしまったほうが気持ち的に楽だよ」
「……っ」
陛下は口を開こうとしたけれど、言葉が出てこなかったのか、悔しそうに黙り込んでしまった。
こんな顔をさせたかったわけじゃないのに、なかなか思うように気持ちが伝わらなくてじれったい。
「だめねえ、陛下。ちっともわかってないんだから。しつこく言い寄るだけの男なんてすぐ飽きられるわよ。しかも今のあなたは、自分が会いたいって気持ちを押し付けてわがまま言ってるだけのお子ちゃまだもの。相手から求めてもらえるよう努力しなくちゃ! アタシが昔教えて上げた恋の駆け引きについてちゃんと思い出しなさいよ。遊びの時はちゃんとうまくやれていたじゃな――」
「ちょっと黙ろうか、ローガン」
「ふんぐっ!?」
私の手をパッと離した陛下は、一瞬後にはローガンさんの首を締め上げていた。
「陛下、じゃれ合っているところ残念ですがお時間です」
「はあ!? まだ来たばかりだし、エミと全然話せてない!」
「楽しい時間は瞬く間にすぎるって言いますからね」
懐中時計を陛下に向かって突きだしたジスランさんは、むっつりした陛下の肩を掴んで、城の方へ向き直らせた。
「安心してちょうだい。公務に戻らなきゃいけない陛下の代わりに、妃殿下の相手はアタシがしておいてあげるわあ」
「……っ! ふざけるな、ローガン……!」
「陛下、ローガンの安い挑発に乗らないでください。まったくいつもは十代とは思えないくらい落ち着いているのに、妃殿下のこととなると途端にこれなんですから。ほら、城に戻りますよ」
「おい、ジスラン! 離せ! くそっ!! エミ、行ってくる……!!」
「う、うん。がんばって!」
ジスランさんに半ば引きずられるようにして去って行く陛下に手を振る。
ローガンさんは面白がってゲラゲラ笑っているし、メイジーはうっとりと手を組んで「妃殿下は本当に愛されていらっしゃいますね!」なんて言ってるし、やれやれだ。
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