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その晩、エミリアちゃんに昼間の出来事を話した。
ローガンさんから向けられた敵意については隠したにも関わらず、エミリアちゃんは露骨に顔を顰めた。
「何よそれ! エミがのんびりできなくなっちゃうじゃない! しかも兵士と関わるなんて! そんなむさ苦しい獣どもの中にエミを放り込むなんてありえないわっ」
むさ苦しい獣……!?
私は苦笑して、ぷりぷりしているエミリアちゃんをなだめた。
「私が兵士さんたちと直接関わるわけじゃないから」
「それでもよ! エミったら本当にお人好しなんだから! とにかくその軍事司令官だったかしら。その男が信用できる相手なのか、明日情報を集めてくるわ。こんな時こそ精霊情報網を使わないとね」
「精霊情報網? そんなものがあるの?」
「ふふん。精霊界ってそういうところ意外としっかりしてるのよ。たとえば、神聖な森を魔獣が破壊しているとか、天災が予想の規模を上回ってしまったとか。そういう時は、その地区担当の精霊だけじゃ手に負えないから、精霊情報網を使って適当な助っ人を探したりするらしいわ。理事会だってあるし、緊急事態に備えて普段から情報交換の集会も開いているのよ」
「へえええ! ちなみに精霊さんたちって、みんなエミリアちゃんみたいなもふもふなの?」
「見た目や大きさは色々だけれど、もれなくもふもふね!」
なんと……! もふもふたちの集会が開かれているなんて!
その場面を想像して悶絶する。
「そんなの絶対かわいい……! 究極の癒しだよ……!」
「なーによ。最高のもふもふがここにいるでしょっ」
膝の上にいるエミリアちゃんが、しっぽを揺すって私の手をぽふぽふと叩く。
「……だけど、エミが気になるっていうのなら、いつか精霊集会に連れていってあげるわ」
「ほんと? 楽しみ!」
「精霊界にも様々なルールがあるようで、人間が集会に紛れ込むのはかなり難しいんだけど、エミならたぶん大丈夫だと思うわ」
「どうして大丈夫なの?」
「根拠のない私の勘よ!」
「えええっ」
「でも、エミってどんな不可能も、あっさり成し遂げちゃうようなところがあるじゃない? だから、いつか集会に参加できるわ」
私は、エミリアちゃんが思っているようなすごい人間なんかでは全然ないけれど、もふもふ会への参加が実現したら、素敵だなと思った。
◇◇◇
翌日は半日使って材料の手配をした。
取り急ぎ栄養ドリンクが必要なのは、ローガンさんと一緒に国境での戦闘に参加した第十二黒鷹軍団騎兵隊の人たちらしい。
それでも総勢三百人だというので、いつものように食材を厨房から分けてもらうのでは到底賄えない。
作った栄養ドリンクを入れるガラス瓶だって全然足りなかった。
三百人分の栄養ドリンクに必要な食材と道具類を調べ終えると、王都に出向けない私に代わってメイジーが発注に向かってくれた。
メイジーはすでに私が栄養ドリンクの作り手だと知っているので、他言無用という条件のもとで個人的に手伝ってもらうことになったのだ。
秘密にしなきゃいけないなんて煩わしく感じるかなと心配したのだけれど、メイジーは「妃殿下のお傍で特別にお仕えできるなんてうれしいです!」と喜んでくれた。
そんなわけでメイジーの協力もあり、なんとか一日で栄養ドリンクの材料をそろえることができた。
そしてもうひとつ、エミリアちゃんがローガンさんと第十二黒鷹軍団騎兵隊についての情報をこの一日で集めてきてくれたのだ。
「別にこのくらい大した苦労でもなかったわ。精霊たちの間でも、ローガンが参加した国境沿いでの戦闘のことは注目されていたみたいね」
「精霊が注目……って、どんな戦闘だったの?」
「順を追って説明するわね。そもそもの話は半年前。国境沿いにたびたび危険度ランクのかなり高い魔獣が現れるようになったらしいの。国境に駐在している防衛軍が対応したんだけれど、撃退するだけで退治はできなかったうえ、かなりの死者が出たそうよ。そこで白羽の矢が立てられたのが軍事総司令官のローガン・ヒルというわけ」
「あの……『魔獣』っていうのは?」
「ああ、そうか。エミの元いた世界には、魔獣が存在しないのね。魔法を使って人間に危害を及ぼす害獣のことを、この世界では魔獣って呼ぶのよ。火を吐いて街を消滅させてしまったり、中には人間を食料にするような魔獣もいるの」
「……っ」
衝撃が強すぎて絶句する。
「到底共存できないから、現れてしまったら退治するしかないわ。魔獣がどこからやってくるかとか、その生態についてはまだまだ謎の部分が多いの。私の祖国に比べて、この国はなぜか魔獣の発生率がすごく高いのよね。多分、何か理由があるんだろうけれど。その原因も現時点ではわかってないようね」
「そんな問題をこの国が抱えていたなんて……。私、何も知らなかった……」
「陛下を庇うつもりはないけど、王都からは遠い国境での話だし、エミを怖がらせたくなかったんでしょうね」
「魔獣は国境にしか出ないの?」
「いいえ。この王都を中心に陛下が強力な魔法陣を張って守っているんですって。だから陛下が王都にいる限り、ここは安全よ」
「陛下が常に結界を……!?」
それならよかったという話でもないので、私は複雑な気持ちで黙り込んだ。
「あっ、でもほら、ローガン・ヒルの部隊が今回の魔獣は倒したから、しばらくは平和なはずよ! ……帰還した兵士は相当疲弊しているらしいけど」
「そうなんだ……。だから私の栄養ドリンクが必要だったんだね……」
こんな話を知ってしまった今、私は何が何でも国境を守るために危険な魔獣と戦ってくれた帰還兵たちの力になりたいという気持ちを持つようになっていた。
「本当はこの話、エミにはしたくなかったのよね」
「え? どうして?」
「だって、エミは優しいから。絶対、放っておけないって思っちゃうでしょ?」
「それは当然だよ」
「はぁ、やっぱり……。止められないのはわかってるけど、無理するのはだめよ? 人助けのためにエミが働いてボロボロになったりしたら本末転倒なんだからね!」
エミリアちゃんは「心配だわ」と言いながら、私の腕にしっぽを巻きつけてきた。
……栄養ドリンクを作るだけじゃなくて、何かもっと私にできることはないのかな。
国のために戦って疲弊した帰還兵たちを救えれば、きっと少しは陛下の役にも立てるはずだ。
ベッドに入ってからも、ずっとそんな考えが頭の中を回っていた。
枕元のエミリアちゃんは、すやすやと寝息を立てている。
私はベッドをそっと抜け出し、書き物机へと向かった。
手元のランプに火を点して、ガラスペンを取る。
それから窓の外が白みはじめるまで、ひたすら自分が作れる癒しアイテムの一覧を書き出していった。
栄養ドリンク作りが落ち着いたら、これをローガンさんに提案してみるつもりだ。
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