12
ローガンさんが栄養ドリンクを「部下の兵士たちにも飲ませたい」と言うと、陛下は私の意思を確認してから条件付きで許可を出した。
条件とは、誰が作り出したものか明かさないというものだ。
私の存在が注目を集めると、それだけ異世界からの転生者だとばれるリスクも増える。
ただ、いつまでも隠しきれるわけがないので、表向きの生産者を用意するそうだ。
私はもちろん悪目立ちなんてしたくないし、ローガンさんも陛下の案に賛成だった。
「妃殿下の特殊な能力が知れ渡れば、他国もその力を確実に欲するはずよ。最悪、妃殿下を巡って戦が起きかねないわ」
「栄養ドリンクのせいで戦!?」
万が一そんなことになってしまったら、戦争を引き起こした原因として文字通り『災厄の異世界人』認定されてしまうのではないだろうか。
これは絶対、栄養ドリンクの作成者だとバレるわけにはいかない。
徹底的に裏方ポジションを死守しなければ……!
ローガンさんは、兵舎に栄養ドリンクを届けてから、改めて城へ向かうと言い残して立ち去った。
「なあ、エミ。軍に力を貸すという話、本当によかったのか? 俺やローガンはもちろん助かるけど、エミに無理はさせたくない」
二人きりになるのを待って、陛下が尋ねてきた。
そのほうが気兼ねなく、私が本音を話せると思ったのだろう。
「ありがとう、陛下。でも大丈夫だよ。もともと私でも役に立てることを探していたし。それにローガンさんにもちゃんと認めてもらいたいしね」
「ローガンに? どうして?」
「だって、陛下の従兄で、幼なじみなんでしょう? 二人の気安い態度を見ていればわかるよ。 私がこれから陛下の后としてやっていくなら、できれば嫌われたままはよくないかなって思って」
旦那さんの友人に嫌がられている妻って悲しいじゃない?
「やばい……。今のもう一回言って。『陛下の后』ってやつ」
何が陛下の琴線に触れたのか、めちゃくちゃうれしそうに腰を抱かれて、わあっとなる。
「エミ、早く」
「や、やだよ。言わない……」
「なんで。さっきは言ってくれたのに」
「さっきはこんな空気じゃなかったからね!?」
距離感が恥ずかしいので、陛下の胸に手をついて抗ってみたけれど、私の腰を両手でしっかり抱いている陛下は離してくれそうにない。
「って、そうだ! そんなことより陛下、あの蝶のこと! 黙って監視しているなんて……」
「それは…… ごめん……。あ! でも、もちろんエミが自室で過ごしている時は、俺が覗けないようになってるから」
一応最低限のプライバシーは守られていたようだ。
「エミは不快だろうけど、できれば今後も部屋の外に出る場合は、蝶に見守らせたい」
「……う、うううーん。…… ………………………………わかった」
ローガンさんも言っていたとおり、危険人物かもしれない私は本来、ふらふらと自由に歩き回れる立場ではない。
それを陛下は、離宮の周辺でなら好きに過ごしていいと言ってくれている。
優しさで譲歩してくれている彼に対して、自分の望みばかりを主張するわけにはいかない。
「不自由な生活をさせてごめん」
「ううん。しょうがないよ。それにほら! さっきは蝶のおかげで助かったから」
私一人では、あのときのローガンさんと渡り合うのは無理だった。
「エミ、ローガンには気をつけろ」
「ん? うん。そうだね。残念だけど、ローガンさんは絶対的味方って感じじゃないもんね」
「いや、そういう意味じゃなくて。あいつ、俺が駆けつける前、エミに馴れ馴れしく接していただろ。本当に油断も隙もあったもんじゃない。だから会わせるのが嫌だったんだ」
「あっ。もしかして昨日陛下が言ってた『私と引き合わせるわけにはいかない』人って……」
「そう。ローガンのことだよ。国境の防衛をしている一軍所属だし、帰還するならあと数日はかかると思って油断してた。そうやって裏をかくのが得意なやつだってわかってたのに……。くそっ」
「私の魔力が皆無だって、見抜けちゃう人だもんね」
それは陛下としても会わせるわけにはいかなかったはずだ。
「それもあるけど、俺が警戒しているのは……」
そこで言葉を止めた陛下が、何か言いたげな顔で私をじっと見つめてきた。
「エミ、ローガンを好きになったらだめだからな」
「え!? ローガンさんだってあっちだよね!?」
「あっち?」
「あ、つまり、男性が好きなんじゃ……」
「あの口調はフェイク。あいつは女好きだよ。しかも自分と渡り合える肝の据わった女がな」
「……!」
「だから気をつけて。エミは俺のものだ」
「……っ」
「あいつは大人だし、余裕もあるし、あんな喋りで適当に生きてるくせに、なぜかやたらとモテる。だから、すごく心配だ」
陛下は私の額にコツンとおでこをあてると、切ない溜息をこぼした。
何この態度……。
かわいすぎやしませんか……!?
こんなふうにやきもちを焼かれたのなんて、二十八年間生きてきて生まれて初めてだから、私はどうしようもなくドキドキしてしまった。
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