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陛下の提案で、ローガンさんに栄養ドリンクを試飲してもらうことになったので、私たちは林を出て、作業台のある井戸の前へ移動した。
氷を張った桶に入れて冷やしておいたガラス瓶を取り出すと、陛下が一際うれしそうな声を上げる。
「これはもともと俺のために作ってくれていたんだろう? ありがとう、エミ。うれしいよ」
「そ、そうだけど……!」
でも、私の両手を握りながら言うのはやめよう!?
ローガンさんの視線が痛すぎるので……!
「きぃいいっ、隙さえあればイチャイチャして! お姫さま、もうちょっと慎んだらどうなのっ!?」
「私ですかっ!?」
そう思うなら、陛下を止めてよ……!
「……それにしても、やむを得ないとはいえ、エミが俺のために作ってくれたものを、ローガンにも飲ませるなんて腹が立つな」
「ねえ、陛下、それなんだけど……。本当にローガンさんにも飲んでもらうの? 栄養ドリンクって、そこまで劇的な変化を期待できるようなものじゃないよ?」
「安心しろ。エミの作った癒しアイテムは、今のところどれも凄まじい効果を発揮してきただろう?」
「どれもって、アロマミストとブサカワさん二号だけだし。しかも効果が出たのは、陛下限定の話だよ」
以前、ジスランさんと侍女さんにも試してもらったけれど、その二人にはとくに変わったことなど起きなかった。
「ジスランたちはそもそもの魔力量が少ないのだから仕方ない。だが、ローガンは違う。こいつほどの魔力量を持っていれば、確実にエミの持つ不思議な能力の影響を受けるはずだ」
陛下は、癒しアイテムに宿る不思議な力の存在を信じきっているので自信満々だ。
仕方ない……。
陛下のためにしていたことはまだこのぐらいしかないし、今の私に選択の余地はない。
私は洗っておいたグラスに、レモンとミントで作った栄養ドリンクを注いだ。
「ローガンさん。これは栄養ドリンクという飲み物です。疲れているときに飲むと、一時的に気力が回復して、元気になれるような成分が含まれています」
ローガンさんは無言のままグラスを見つめている。
私のことをすごく警戒しているみたいだし、そんな相手の作ったものなんて飲みたくないのだろう。
これならアロマミストを試してもらったほうがいいんじゃないかな。
そう考えて提案しようとした矢先、ローガンさんはガッとグラスを掴むと、勢いよく煽り、中身を一息で飲み干してしまった。
「……っ。な……なによ、これ……」
ローガンさんは、驚愕の表情を浮かべたまま、自分の両手を見下ろしている。
「信じられない……。体の内側からみるみる力がわき上がってくる……! 陛下! この飲み物はものの数秒で、体力を完全に回復させるわよ!」
え!? 体力を完全に回復って……。そんな大げさな ……!?
「エミ、俺ももらっていいか?」
「あ、もちろん」
陛下はローガンさんのグラスを取ると、自らの手でガラス瓶の中身を注いだ。
ローガンさんとは違って、味わうように飲みはじめる。
それでも結局、陛下もまた一息で、グラスの中身を空けてしまった。
「……っ。……たしかにローガンのいうとおりだ……。体力が回復していくのがわかる」
「こんな飲み物、前代未聞よ……。はっ! こっちの飲み物はどうなのかしら!?」
ミントで作った栄養ドリンクを入れたグラスを、ローガンさんが手に取る。
今度は迷うことなく、口をつけてくれた。
「……! 陛下!! た、大変! こっちは魔力量が回復するわよ!!」
「なに!? グラスをこちらに!」
なんだかとんでもないことになってしまった。
陛下とローガンさんはまだ信じられないというように自分の手のひらを見下ろしている。
栄養ドリンクは『元気になったような錯覚を覚えさせる飲み物』である。だから魔力や体力が戻ったとしても、一時的なのではないだろうか?
「あのぉ、それ気のせいじゃなくて……?」
二人の驚きに水を差すようで悪いなと思いながら問いかける。
ところが、陛下にきっぱりと否定されてしまった。
「気のせいなんかじゃない。俺たちは無詠唱で、自分の体力や魔力量の数値を確認することができる。さっき俺やローガンが手のひらを見ていただろう? エミにはわからないだろうが、俺たちには自分の能力量が確認できてるんだ」
な、なるほど。
ゲームなんかでよくあるステータス確認能力を持ってるのか。
ただ、そう言われてもやっぱりまだどこかで疑ってしまう自分がいる。
だって、ただの栄養ドリンクが、回復薬みたいな効果を発揮するだなんて……。
「エミ、これこそ本当に国を揺るがす発明だよ」
「え!? それは災厄的な意味で……?」
「まさか! この飲み物のおかげで、我が国の軍隊は立ち直せるはずだ」
もしかして回復薬が貴重な世界線なのかな。
「それで、ローガン。エミに言ったことを撤回する気になったか?」
ローガンさんは私に向き直ると、慇懃な態度で片膝をついた。
そこには最初に見せたような人を食った笑みや、本性を現した後の敵意を孕んだ嘲笑はなく、彼は真面目な顔で深々と頭を下げた。
「どうか、数々の無礼な発言をお許し下さい。貴女は災厄の神子などではない。その特別な力でこの国の民を救うために現れた救済の神子だったのですね。妃殿下のお気が済むまで、どんな罰でも受けます。市中引き回しでも、石責めでも」
「いやいや、怖い冗談はやめてください!? それに跪くのもなしで……!」
助け起こそうとして両手を差し出したら、ローガンさんは跪いたままの体勢で、救いを求めるように私の指先を握ってきた。
「妃殿下、どうか我が軍に力をお貸し下さい。貴女の援助が必要なのです」
その眼差しから切実さが伝わってくる。
私にはローガンさんの人柄や本質がいまいちよくわからなかったけれど、今の彼は本音を口にしていると思えた。
何か切羽詰まった事情があるらしい。
多分、そのために私への感情を露にするのはやめたのだろう。
ただ、態度をがらりと変えたからといって、私に向けていた敵意がローガンさんの中からいっきになくなったとは思えなかった。
そういう単純なタイプには見えないもんね……。
とはいえものすごく困っているのは事実だろうし、こんなふうに頼られたら断ることなんてできない。
「えと、私にできることなら」
その瞬間、ローガンさんはホッとしたように深く息を吐いた。
「ありがとうございます、妃殿下。神子としてのあなたはやはり素晴らしい方のようです」
なんだか政治家の褒め殺しみたいだなと思いながら、それは過大評価ですよと言って苦笑いを返しておいた。
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