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『異世界人なんか』って……!
なぜバレたの!?
陛下がたびたび警告してくれていたのに、また、気づかないうちにヘマをしてしまったのだろうか。
しかも、明らかに私を敵対視してる人に見破られてしまうなんて……。
ローガンさんの表情を窺うと、彼は確信を持った態度でこちらの出方を待っていた。
ああ、最悪だ。
陛下の時と完全に同じパターン。
彼は疑念を抱いているんじゃない。
私が異世界人だと完全に気づいている。
こうなってしまったら下手な嘘をついたところで誤魔化すことなど不可能だ。
「事故死したはずの王妃が、国葬の最中に生き返ったと聞いたときから、妙だとは思っていたのよ。異世界からの転生者が体を乗っ取って蘇ってたってのは、さすがに予想外だったけど」
「へぇ。おまえは異世界転生なんてお伽噺を本気で信じるのか?」
「今までは作り話だと思っていたわよ。でも、まったく魔力を持たない人間が目の前に現れちゃったんだもの。しかも妃殿下は一度死んで、生き返っている。まさに伝承で伝えられている通りじゃない。 どれだけ現実離れしていようが、さすがに受け入れるしかないでしょう? だからふたりとも、『異世界からの転生者じゃない』なんてくだらない主張をするのはやめてちょうだい。そんな茶番時間の無駄よ」
これはもう認める意外の選択肢がないということだ。
『異世界人だとわかれば、確実におまえを排除しようとする者が出てくる』
いつか陛下が言っていた言葉を思い出し、血の気が引いていく。
そのとき、右手にふわっとあたたかい温もりが触れてきた。
包み込むように私の手を握ってくれたのは陛下だ。
私が不安がっているのを察して気遣ってくれたのだろう。
「陛下、私また――」
やらかしてしまった。
そう言おうとした言葉は、「違う」という陛下の声に遮られた。
「エミのせいじゃない。こいつに会ってしまえば、隠しようがなかったんだ」
「どういうこと?」
「ローガンは火魔法の遣い手としてその能力を買われ、若くして魔獣討伐部隊の隊長に抜擢されたほどの実力者だ。今では軍事司令官の地位についている。間違いなくこの国で五本の指に入る魔力の遣い手だ」
「……っ。そんなすごい人なの……」
「火魔法だけで張り合ったら、俺でも勝てるかわからない」
「またまたぁ。陛下はこの国で最強の魔法戦士よ。アタシなんかに負けるわけがないわ。ていうかアタシ以外の誰が相手でも負けたりしたら許さないわよ?」
口調は軽いけれど、言葉の中に含まれた感情から、ローガンさんがどれだけ陛下を認めているかが伝わってきた。
「……そんな陛下にまさか弱みができてるなんて。まだ手遅れじゃなさそうなのが唯一の救いだったわ。噂を聞きつけて、急いで戻ってきてほんとによかった! まったくこのお姫さまの何がそんなにお気に召したんです?」
やれやれというように首を振ったローガンさんが、苦虫を潰したような顔で私を見てくる。
「そりゃあたしかにとんでもない美少女よ。でも色々とまだ子供じゃない? いつの間に好みが変わったのかしら。あなた、自立心の強い大人の女が好み だったはず――」
「エミ、聞かなくていい!」
「わぁ!?」
突然、陛下の両手で耳を塞がれてしまった。
目の前にいる陛下を見上げれば、平静を装いながらも無茶苦茶焦っているのがわかった。
「なんでそんなに慌てるの? 陛下の好みがどんな人だって気にしないよ?」
「……」
そもそも陛下の好みを聞くのはこれが初めての話ではない。
知り合ったばかりの頃にも、『筋骨隆々で俺よりガタイがよくて、戦場をともに駆け抜けられるような猛者』がいいと言っていた。
結構特殊な趣味をしているなと思ったので、印象に残っているのだ。
まったく、話した当人のほうが忘れちゃうなんて。
私は耳を塞いでいる陛下の手を掴み、やんわりと外した。
「……エミ、とにかくローガンの戯れ言は忘れてくれ。こいつはいつもこうなんだ。昔から年上面をして、俺のすることなすことにケチをつけてくる。口うるさい乳母みたいなやつなんだよ」
「昔からの知り合いなの?」
「知り合いどころか、アタシと陛下は従兄弟同士よ。ポッと出の嫁なんかと違って、長くて深ぁい付き合いなんだから」
従兄と言われてハッとなる。
ローガンさんの意地悪な笑顔に見覚えがあると思ったら、陛下と似ているのだ。
「おい、ローガン。俺とエミの会話に割り込んでくるな」
「えええ、陛下ってばひっどーい! 三人でいるのに一人だけ仲間外れにしようっていうの!?」
肩を組んで陛下の髪にぐりぐりと頭を擦りつけるローガンさんと、それを鬱陶しそうに払いのける陛下。
たしかに二人の間には従兄弟同士の気安さがあった。
ていうかローガンさん、陛下が来たらだいぶ態度が柔らかくなったような気がする。
でも、これはこれで過剰にお茶らけている感じがした。
この手のタイプの人は、本心がどこにあるのかわかりにくい。
「それにしても、ほんとに陛下ったら、どうして異世界人なんかを好きになっちゃったのかしら。この世界の人間とは違う感覚を持っているところが面白かったの? でも文化の違いを楽しんでいられるのなんて最初のうちだけよ。真新しさがなくなって飽きてくれば、相違点は煩わしさしか生まないってのに」
ハハハ。私に向けてくる言葉は相変わらず辛辣デスネ。
「ローガン、いい加減にしろ。おまえに何がわかる。俺がエミに飽きるだって? ハッ。くだらない」
「たとえあなたがどれだけの気持ちで妃殿下を想っていようと、彼女が異世界人な時点で、それは許されぬ恋なのよ」
「エミがこの世界に災厄をもたらすと決まったわけじゃない」
「でも、もたらすかもしれない。半分の確率で国を滅ぼすかもしれない存在を野放しにしておくなんて間違っているわ」
「エミをどうするかは国王である俺が決める」
「まあそうね。でもアタシたち臣下が進言することをやめたら、国政が乱れるわ」
「だったらこの話の続きは城ですればいい。エミに聞かせることはない」
「国を左右するほどの問題なのに、当事者である妃殿下は知らん顔で、陛下にすべてを任せっぱなしなの?」
見下しているような眼差しをローガンさんがちらりと私に向ける。
「おい、ローガン! いい加減にしろ」
「あらぁ、こんな場面でも陛下に庇わせるの。これじゃあ、公務もせず籠の鳥でいることを惨めに感じないわけよねえ」
ははあ、なるほど。
どうやらローガンさんは敵視している私に厭味を言いたくて仕方ないらしい。
さっきはいきなり女狐や誑かしているなどと言われたせいで、さすがにムッとしたけれど、彼の挑発に乗ることもない。
しかも、ローガンさんは陛下の従兄弟だ。
旦那さんの親族との関係は、仲良しとまではいかなくても、それなりに良好であるに越したことはない。
それに、長年社会人をやっていると、わざと意地悪なことを言ってくる人なんて山ほどいた。
始終八つ当たりをしてくる上司や、身勝手な要求をしてくる取引先の人を、大人の処世術でやり過ごしていた日々の記憶が甦ってくる。
自分に向けられる不快な言葉を真に受けて感情を乱されることはない。
そういうときこそ冷静に対処し、客観的な意見を言ったほうが相手の毒気を抜けることを、私は経験から知っていた。
「公務に参加できないことは、おっしゃるとおりで申し訳ないです。ただ現時点での私の立場は、国に災厄をもたらす可能性のある危険人物というものですよね。この環境下で私が表に出ていくことは、リスクのわりに実入りが少なすぎませんか?」
「……」
「……」
仕事の会議で意見するときの感覚で話すと、陛下とローガンさんはぽかんとした顔になった。
あれ、わかり辛かったかな。
「あの、つまり、この場合リスクというのは人前に出ることで、現王妃が異世界からの転生者だとばれてしまい、それによって排除しようとする勢力が現れ、いらぬ火種を生むということですね。実入りは、パッと思いつくところだと、先ほどローガンさんが言っていたような、噂話を立てられなくなる程度でしょうか。――これだとやはり今は、表に出ていって公務をするのはやめておいたほうがいいように思えます。たとえ籠の鳥だといって馬鹿にされるとしても」
ムキになって怒ったりはしないけれど、言われてばっかりでもないんですよ。
そんな気持ちを込めて、にっこりと笑ってみせたら、目を丸くして話を聞いていたローガンさんは、にやりと口元を歪めた。
「ふん、面白いじゃない。安い挑発に乗らないぐらいの頭と、言い返してくる強かさはあるってわけね」
「そもそも、エミには俺が公務をしなくていいと言ってる。異世界人だから矢面に立たせるわけにはいかないことぐらい、おまえだってわかるだろう」
陛下の言葉に、ローガンさんが肩を竦める。
「どうしても私に実益を求めるというのなら……、ちょうど裏方として陛下の公務を支えるための準備をしていたところなんです。まだ試している段階ですが」
私は陛下とローガンさんに、栄養ドリンクのことを説明した。
「えいようどりんく? なんだかわからないけど、それで公務の穴埋めができるって言うの?」
「それは現時点では何とも言えません。効能がどれくらい出るかは、まだ全然わかっていないので」
「なによ。それじゃあ話にならないじゃない」
「そんなことない」
私の代わりに陛下が答える。
「エミの作った品を公務などと比較できるわけがない。それには一国を揺るがすほどの価値があるのだから。ローガンもエミの癒しアイテムを使ってみれば、くだらない口を挟む気などなくなるはずだ。エミ、今言っていた栄養ドリンクとやら、もう完成しているのか?」
「うん、一応」
「それなら今すぐローガンにわからせてやろう。エミがどれだけ特別な存在かということを」
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