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「溺愛だなんて、そんなことありませんっ……!」
思わずそう叫ぶと、私の声に驚いたのか一匹の蝶が近くの茂みからブワッと舞い上がった。
王宮のほうに逃げていった蝶を複雑な気持ちで見送りながら溜息を吐く。
なんでそんなわけのわからない噂が立ってしまったのだろう……。
「あはっ。ひどいわねえ、妃殿下。陛下に溺愛されてるんでしょう? なのにそれを全否定するの? 陛下は足繁く妃殿下のもとに通われているわよね?」
「そ、それは……。でも別に我を忘れてるとかってことじゃないです……!」
「なるほど。そういうタイプ」
「え?」
「『私はそんなつもりないのにぃ、陛下が勝手に夢中になってるのぉ』ってことでしょう」
「はぃいっ!?」
「か弱そうな見た目をして、とんだ悪女ね」
どうやらこの人はなんとしても私を悪者にしたてあげたいらしい。
なぜそこまで敵視されるのか。
侍女さんたちが私を煙たがるのと同じ理由なのだろうか。
そうだとしても、なんでこんな執拗に絡んでくるのか。
「あなたいったい、なんの目的で――」
そう言いかけたとき、唐突に地面から猛烈な風が巻き上がった。
なっ、なにこれ……!?
奇っ怪な現象を前に言葉を失う。
私たちを遮断するかのように現れた風はどんどん勢いを増し、男性を追い立てる竜巻へ変貌した。
彼は慌てて飛び退ったが、立っているのもやっとという状態だ。
ところが不思議なことに、すぐ傍にいる私はなんでもない。
さすがに気づいた。
この不自然さ、これは魔法だ。
「ちっ。お早いお出ましで……」
男性が両手を広げて呪文のようなものを唱えると、彼の腕の中に具現化した風がしゅるしゅると吸い込まれていった。
辺りが静かになったところで、木々の向こうから姿を現したのは、苛立ちを隠そうともしない陛下だった。
「これはこれは、陛下。一年半ぶりかしら」
「久しぶりでも俺を苛立たせるところはまったく変わらないな、ローガン」
「ひどい言われようねえ。陛下のためを思っての行動だってのに」
「的外れすぎて呆れる」
ローガンと呼んだ男性を睨みつけたまま、陛下は庇うようにして私の前に立った。
「陛下……。どうして……?」
普段、こんな時間に陛下が会いに来ることはない。
だから今彼が現れたことは、到底、偶然とは思えなかった。
「虫の知らせがあったんだよ」
そんなわけがない。
また見張りをつけられていたのだろうか。
だったら教えてくれればいいのに。
知らない間に自分の行動が筒抜けになっているなんて恥ずかしすぎる。
「本当のことを教えて」
ムッとして陛下を睨むと、意外にも彼は露骨にうろたえた。
いつもの余裕な態度で流されてしまうかと思ったのに。
私が怒るのが珍しいからか、ローガンと呼んだ彼を威圧していた時とは別人のような態度で、なだめるように私に向き直った。
「待て、エミ。話を聞いてくれ」
「聞いてます」
「……! お、怒ってるのはわかった。でも、いつもどおりの口調で話してくれ」
「それより! 私のこと見張ってたんですか? 答えてください」
「……っ。エミ……!」
私と陛下が言い合っていると、会話を無理矢理中断させるような笑いが背後で起こった。
ハッとして顔を上げると、感情のこもっていない瞳で、ローガンさんが私たちを眺めている。
「妃殿下の疑問にはアタシが答えてあげる。さっきあなたが声を上げたとき、蝶が舞ったでしょう? あれは陛下が仕込んでいた魔道具よ。あいつらは妃殿下の行動のすべてを見張っていて、何かあれば陛下に逐一報告する仕組みってわけ」
「え……!?」
あの蝶が監視カメラ代わりだったってこと!?
陛下を見上げると、気まずそうに視線を逸らされた。
ちょっと、もう……!
「でも安心したわ、陛下。完全に骨抜きにされちゃって、まともな判断力を失ってると思ってたから。監視をつけるぐらいの理性は残ってたのね。まあ、それでもこんな人間を野放しにしておくなんて、どうかしてるけど」
こんな人間って……。
あまりの言いぐさにびっくりして目を見開くと、ローガンさんは陛下だけを見つめたまま、愛情と同情と苛立ちのこもった声で言った。
「ねえ、陛下。一体何のつもりでこのお姫サマを自由にさせてるの? 異世界人なんかを」
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