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 興奮した口調で感想を述べていた侍女さんが、我に返ったように自分の口を手で押さえる。

 小動物のような慌てっぷりがおかしくて、私は思わず笑ってしまった。


「……ふっ、あはは! 方言かわいいね」


 この子のこと、やっぱり好きだな。


「申し訳ありません、妃殿下……! 私、なんて失礼を……。……私は解雇されるのでしょうか」

「えっ!? まさか……!」


 方言を口にしたぐらいで仕事をクビになるなんてありえない。

 でも、侍女さんの怯えた様子を見るところ、彼女は本気で心配しているようだ。


「解雇って、どうしてそんなふうに思ったの?」


 これ以上怯えさせないよう、できるだけ穏やかに問いかけると、侍女さんはうるっと瞳を滲ませた。


「私の方言はお耳汚しになるので、妃殿下を不快にさせてしまうと……」

「誰かにそう言われたの?」

「……義父や、離宮で仕事を教えて下さった方に」


 ありえない。なんてひどい言い草だろう。

 内心で感じている憤りはなんとか隠したけれど、こういう差別は好きじゃない。


「それで気をつけていたのですが、驚いたときなどに方言がうっかり口をついて出てしまうのです……」

「もしかして、それが理由で必要以上に口数が少なかったの?」


 侍女さんはこくりと頷いた。


 そっか……。

 この子は他の侍女さんたちとは違って、距離を取ろうとしていたわけじゃないんだ。


 それを知って、私がどれだけほっとしたか。

 気にしていないつもりだったけれど、周囲の人から疎まれている状況は、なんだかんだメンタルにきていたのかもしれない。


 それから詳しく侍女さんの話を聞くと、山間の集落出身の彼女は、仕事を得るため、王都で暮らす親戚の養子になったのだという。

 王宮内の仕事に就くには、たとえ下働きであっても、中産階級以上の出でないといけないらしい。

 彼女が養子になったのは、薬問屋を手広く営む遠縁の家だった。


「色々複雑な決まりがあるんだね……。でも、言葉遣いに関しては気にしないでね。不快になるなんてこと間違ってもないし、むしろかわいいなって思ったくらいだもの」

「えっ……!?」

「その口調のおかげで、あなたの気持ちがすごく伝わってきたからうれしかったの。私の作ったドリンクおいしいって思ってくれたんでしょう?」

「は、はい! 本当にもう、とっても……!!」

「ふふっ。よかった。――それにね、方言って故郷の大事な文化だよね。無理矢理なくすのって寂しくない?」

「妃殿下……」


 その途端、侍女さんの両目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。


「ああっ……! 申し訳ありません……! 妃殿下のお言葉で故郷のことを思い出してしまいました……ぐすっ」


 王都に出てきてまだ半月足らずと言っていたから、ホームシックになっていたのかもしれない。

 私は侍女さんの手をそっと取って、「大丈夫、大丈夫」と声をかけた。

 彼女が落ち着くまでずっと。


 しばらくして涙が止まると、侍女さんは何か決意をはらんだような目でじっと私を見つめてきた。


「妃殿下が優しくして下さったこと、私、決して忘れません。この御恩に報いるため、一生お仕えさせていただきたく思います……!」


 熱意たっぷりに宣言され、わあっとなる。


「恩だなんて、私何もしてないよ!?」

「いいえ! 妃殿下のお言葉がどれだけ私を救って下さったか……! 失敗してはいけない、訛ってはいけないと怯えていたので、人前で喋るのがずっと怖かったんです……」

「それは……辛かったよね。もっと早く気づいてあげられればよかったな」

「ううっ……。ほんに妃殿下は、どえりゃあお優しいお人ですぅ……」


 感じたことをそのまま伝えたら、侍女さんは感極まったらしく、また泣いてしまった。


「妃殿下の前やお仕事中は、これからも公用語を使うようにしたいとは思います。ですが、もしこの言葉遣いがお耳汚しでないのなら……」

「そんなこと絶対ないから、恥じたりしないで!」


 間髪入れずに口を挟んだら、侍女さんはくすぐったそうに笑顔をこぼした。


「妃殿下がそう言って下さるのなら、私も信じられます。――おっしゃっていただいたとおり、この話し方が恥ずかしいものでないのなら、勤務時間以外はこれからも使っていきたいです。故郷を大切にする気持ちを込めて……」


 郷里への想いを抱きしめるかのように、自分の胸に手を当てると、侍女さんはにっこりと微笑んだのだった。

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