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未練一杯の態度で引き留めてくる料理長さんたちに、「絶対完成品を届けるので!」と約束して、私は井戸の前に設置した作業場へと戻ってきた。
まずは両手で抱えている箱を下ろし、譲ってもらった食材を取り出していく。
檸檬や夏みかんなど今が旬の柑橘類がそれぞれ一つずつ。それから蜂蜜にお砂糖。少量のブランデーとラム酒。それらとは別に、林で取ってきた新鮮なミントが数枚。
今回はこれらの品を使って、二種類の栄養ドリンクを作る予定だ。
っと、その前に。
「荷物運びを手伝ってくれてありがとう。あとは一人で大丈夫なので、私のことは気にせず、離宮に戻ってください」
手を貸してくれた侍女さんに声をかけると、彼女は肩に垂らした三つ編みが揺れるほど、勢いよく首を横に振った。
どうやらお后様を一人きりにするなんてありえないと思っているようだ。
たしかこの新しい侍女さんが離宮で働きはじめて、今日で二日目。
私が基本的に放っておいても問題のない后だということを、彼女はまだ知らないらしい。
経験上、こういうときにいくら私が「一人で平気」と言っても、侍女さんたちは聞き入れてくれない。
初めのうちは私も一生懸命説得を試みたけれど、そんなことをしても話がこじれるだけだとわかったので、以降は新米侍女さんたちが自然と察してくれるのを待つようになった。
だいたいみんな働き出して四日目には、私が一人でフラフラするのを気にしなくなる。
そうやって私の習慣に慣れた侍女さんが、そのまま居着いてくれるのが理想なのだけれど、なかなか希望通りにはならないのが現状だ。
とりあえず新しい侍女さんは、少し離れた場所から私の作業を見守ることに決めたらしい。
ちょっと視線が気になるけれど、気持ちを切り替えて栄養ドリンク作りに取りかかるとする。
「ええっと、まずは井戸の水を汲み上げるところからね」
独り言をいいながら、袖をまくり上げ、以前用意してもらったエプロンをつける。
「妃殿下……!? それは私が……!」
「いいから、いいから」
慌てて駆け寄ってこようとする侍女さんに笑顔を返す。
井戸で水を汲むのなんて、何年ぶりだろう。
すごくわくわくする。
たしか祖父の家を訪ねた小学生の時ぶりだったかな。
水の出処に木桶を置いてから、手押しポンプを両手でせいのと押す。
体重をかけて数回上げ下げすると、きらきらと光る水が勢いよく溢れ出した。
「おおお!」
思わず声を上げる。
桶に溜まった水に指先をひたすと、ひんやりと冷たくて気持ちいい。
丁寧に手を洗った後は、一度水を流して、ミントや果物をすすいでいった。
しゃがみ込んで、夢中で作業をしている私のことを、侍女さんは信じられないものをみるような目で眺めている。
「あ、あの妃殿下……。恐れながら、それは下働きの仕事です……。どうか代わって下さい……」
この侍女さんは極端に口数の少ない子で、彼女がこんなに言葉を発するのを聞くのは初めてのことだ。
洗ったミントをザルに広げながら振り返ると、侍女さんは怯えたような顔をしていた。
「えっ、どうしたの?」
「……妃殿下にこのようなことを……。怒られてしまいます……」
「あっ、それなら安心して! 他の侍女さんに知られても、あなたが咎められることはないから大丈夫。離宮の人たちはみんな、こういうことが私の趣味だって知ってるの」
「趣味……?」
「うんうん。色んなものを自分で作るのがすごく好きなんだ。それにこうやって体を動かすのもね!」
エミリアちゃんの体はとても華奢なので、引きこもるだけではなく、運動量を増やして丈夫な体になるよう気をつけているというのもある。
侍女さんはどう答えたらいいのかわからないという感じで、レモンを輪切りにしている私の手元に視線を落とした。
いったい何をしているのだろうと顔に書いてある。
多分エミリアちゃんと同じぐらいの年齢かな。
私はすれていない彼女に対して、好意を抱きながら微笑みかけた。
「今はね陛下に差し入れする飲み物を作ってるところなの」
「え……!? 妃殿下ご自身で……!?」
驚きの声を上げた後、侍女さんは慌てて口を噤んだ。
まるで自分自身に発言させることを禁じているかのような態度だ。
……もしかして、私と話したくないのかな。
この国の人たちは、エミリアちゃんの祖国に対して、あまりいい印象を持っていないらしく、関わる侍女さんたちからは毎度こんな感じで距離を取られている。
でも、この子は全然いいほうだ。
真面目に仕事をこなしてくれるし、敵意を向けてきたりはしない。
それだけでもめちゃくちゃありがたい。
実をいうと以前、陛下によって記憶を奪われ解雇された侍女さんたちのように、さりげない嫌がらせをしてくる人もいるのだ。
そういう人は試用期間中に自ら辞職を言い出すか、事態に気づいた陛下がクビにしてしまい、五日と持たず離宮から去っていった。
残念ながら、そんなことばかりが続き、試用期間を経て正式採用となった侍女さんはまだ今のところ一人もいない。
この子が居着いてくれるとうれしいんだけどな……。
そうこうしている間に下準備が整った。
まずは厨房で洗浄してきたガラス瓶にそれぞれの材料を入れていく。
右の瓶には、レモンをはじめとする柑橘類の絞り汁に蜂蜜、水、そして数滴のブランデーを。これは疲労回復に効果のある、ビタミンドリンクだ。
左の瓶には、ミントの葉と、お砂糖とお水、そこにラム酒を垂らして、ミントシロップにする。
こちらのドリンクを飲めば、ミントの爽やかな香りの効果で気分がリフレッシュするはずだ。
何度か味の微調整をすると、どちらも納得のいく甘みに辿り着いた。
さてと――。
あらかじめ冷やしておいたガラス製のグラスに氷を入れて、瓶の中のドリンクをたぽたぽと注ぐ。
最後に飾りで輪切りにしたレモンをのせると、おしゃれなカフェで出てくるような見た目になった。
「よし、完成! よかったら侍女さんも飲んでみませんか?」
レモンとミント。
どちらのドリンクも負担にならない程度の量をよそって差し出してみた。
侍女さんはつぶらな目をまん丸にして、瞬きを繰り返している。
「あ、あの……妃殿下……」
「こういうの好きじゃない?」
「いえっ……。い、いただきます……っ」
断るのは失礼だと思ったのか。
彼女は私の差し出したグラスを受け取ると、えいやっという感じで一息にあおった。
いや、別に毒なんて入っていないからね!?
「……っ!? ひゃあっ!? 甘くておいしい……! それになんだか不思議な感覚がするわ。オラ、こげんおいしいもの初めて飲んだわぁ!」
「えっ」
「……あっ!?」
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