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「次に陛下にあげるのは何がいいかな」


 この世界に転生してから、私はいくつかの癒しアイテムを作ってきた。

 ハンドクリームや入浴剤、顔パックなどなど。


 そのうち、ラベンダーで作ったアロマミストと、ポプリを入れたブサカワさん人形二号は、過労気味の陛下をなんとか癒したくて、プレゼントした。

 陛下はそのふたつをとても気に入ってくれて、愛用してくれているそうだ。


 夜眠るときにはアロマミストを、昼間、仮眠を取るときにはブサカワさん二号(ちなみにブサカワさん一号は、過労死するまで生活していたあの小さなアパートに残してきてしまった)が陛下の傍らに寄り添っているらしい。

 王宮に出入りしない私は一度も見たことがないけれど、陛下がブサカワさん二号を抱き枕にしている姿はちょっぴり興味がある。


「エミのせいで、あの人形を手放せなくなってしまった」なんて責めるような口調で言ったわりに、そのときの陛下は上機嫌な顔をしていた。


 一国の主がぬいぐるみを抱っこしながら眠るなんていいのだろうか。

 もちろん、誰にも見られないように気を遣ってはいるとは思うけれど……。


 寝室から持ち運ぶなら、もっと目立たない見た目のポプリを作り直そうかと提案したら、「二号は俺のものだ。たとえエミであっても、奪わせはしないぞ」と真顔で言われてしまった。

 ブサカワさん二号ってば、ずいぶん陛下に気に入られているみたいだ。

 手作りの物を大事にしてもらえるのは、作った当人としてももちろんうれしい。


 ずっと不眠を煩っていた陛下は、傍にあるだけでぐっすり眠れるアロマミストとブサカワさん二号に対して、特別な思い入れを抱いているらしかった。

 陛下の名誉のために補足しておくと、彼はぬいぐるみがないと眠れないわけではない。

 重要なのは、ブサカワさん二号に付随した効果のほうである。


 本来寝付きの悪いはずの陛下を、お休み三秒にさせてしまうブサカワさん二号。

 大げさではなく、陛下はブサカワさん二号に顔を埋めた瞬間、一瞬で深い眠りに落ちてしまうのだ。


 なんでそんなことになるのか。

 陛下によると、どうやら私がまったく魔力を持たないのが原因なのだという。


「エミの作ったアロマミストや二号には、魔力が一切宿っていない。他者の魔力に対しては俺だって常に防御壁を張っているが、エミの作ったものにはそもそも魔力がまったくないのだから防ぎようがない。エミの作ったアイテムの効果は、空気のように自然に俺の中に入ってきて、あっさり俺を眠らせてしまうんだ」


 以前、陛下がそんなことを言っていた。

 魔力は互いに干渉し合うようで、持って生まれた魔力が強ければ強いほど、他者の魔力による影響を不快に感じるのだという。

 人が作ったものには、制作者の魔力が少なからず宿ってしまう。

 国一番の魔力の持ち主だといわれている陛下は、人一倍他者の魔力に敏感で、今までずっと気を休めることができなかったのだそうだ。


「エミの前での俺は、無力に等しい。エミはある意味最強だよ」


 突然、最強だなんて言われてしまって、当然私はぽかんとなった。


「魔力をまったく持たない私が最強って……ありえないよ」

「俺は恐らく今この国で最強の魔力を持っている。そんな俺を無力化できるのは、エミだけだ。ということは、実質、エミが最強ってことになるだろ? 強力な魔力を持つ人間はそれなりにいる。でも、そういうやつらを無力化してしまう者は他にはいない。エミは最強な上、唯一無二の存在なんだ」


 いやいやいや。私は単なる一般人ですからね!?


「もしかしたら私以外にも転生してきた異世界人がいるかもしれないし」

「可能性はゼロに等しいな。伝承の中では、異世界人は数百年に一度しか現れないと云われているからな。――もしエミが敵だったらと思うと、ぞっとする」


 魔力を持たない私のことを、ある意味最強だなんて言った後、陛下は独り言のようにそう呟いた。

 そのときの、戸惑うような感情を今でも覚えている。

 あのときの陛下は、いたずらに私の髪を弄んでいた。

 じっと見つめてくる眼差しは、視線を合わせることに抵抗を覚えるぐらい熱っぽいまま。


 でも、彼の言葉の意味は――?


 この国の人々にとって、異世界人は警戒すべき存在である。

 陛下だって、それは変わらない。

 むしろこの国を守る国王という立場だからこそ、その想いは人一番強いはずだ。

 陛下は私のことをす、好きだと言ってくれるけれど、それとこれはきっと別問題なのだろう。


 未だに警戒されている事実を寂しく思わないわけじゃない。

 私は陛下やこの国の敵になるつもりなんてまったくないのだから。


 とはいえ、陛下の立場はよくわかっている。

 警戒心を解かない彼は、為政者として正しい。


 ということは、私が癒しアイテムを作らなくなれば、少しは警戒されなくなるのかな。

 そんなふうに考えた瞬間、ブサカワさん二号をプレゼントしたときの陛下の態度が脳裏を過った。


 驚いたように目を見開いて、「これを俺に?」と尋ねてきた彼。

 私が頷き返すと、まるで壊れ物のようにブサカワさんを両手で受け取って、心底うれしそうに笑ってくれた。


「ありがとう。一生大切にする」


 その言葉どおり、陛下は本当にブサカワさん二号や、それより前に私があげたアロマミストをとても大事に扱ってくれている。


「エミのくれたもののおかげで、ぐっすり眠れる。本当に感謝している」


 そんなふうに伝えられたのも、一度や二度じゃない。


 ……うん、やっぱり癒しアイテムを作らないというのはちょっと違うな。

 私は陛下の疲れを癒したいと変わらずに思い続けているし、彼の社畜生活を改善するという目的を途中で投げ出すようなことはしたくない。


 それに、癒しアイテム作りは私の大事な趣味の一つだ。

 異世界からの転生者だから警戒されている問題は、まあ仕方ない。

 それより今は、陛下に何を作るかだ。


 よーし、計画を練るぞ。

 今の陛下にとくに必要なものって何かな。

 ピークに忙しい時期、私だったら何を頼っていただろう。

 溜まってきた疲れ、休む暇のない時間、この山さえ乗り越えれば楽になれる、そんな状況下。

 時間を見つけて使ってもらうような癒しアイテムじゃだめだな。


 私が似たような修羅場を迎えたときに頼っていたもの……。

 そんなときに手っ取り早く私を支えてくれていたアイテムといえば――。


「栄養ドリンクだ……!」


 そう。あの社畜御用達の飲み物である。


「今の陛下には打ってつけかも」


 問題は効果のほうだ。

 社畜時代、私の部署にも栄養ドリンクの効能否定派の人がいて、「あんなもので元気になるわけないよ。まやかしに決まってる」などと言っていた。

 でも、栄養ドリンクを自作するため、成分内容を細かく調べたことのある身としては、それなりの効果を期待してもいいんじゃないかと思っている。


 栄養ドリンクに含まれている主な成分は、糖類、ビタミン類、カフェイン、アルコール。

 それらがとてもうまいこと疲れた人間の体に働きかけてくるのだ。

 まずは、ビタミンB1の助けのもと糖類を瞬時に活動エネルギーに変えることで、動ける体を作り出す。

 さらに、カフェインやアルコールによって中枢神経を興奮させ、一時的に眠気や疲労を感じない無敵状態にしたところで、「元気になった!」という錯覚を起こさせるのである。


 ただし服用のしすぎには要注意。

 栄養ドリンクは決して体力を回復させてくれるわけではない。

 できるのはあくまで「元気の前借り」だから、水代わりに飲んだり、依存して体を騙し続けたりすれば、いつか必ずツケが回ってくる。

 とはいえ、用法用量を守って正しい使い方をすれば、これほど頼りになる修羅場のお供もいないはずだ。


 陛下にはその辺りをしっかり説明した上で、差し入れしようと考えている。

 まあ、そうはいっても私の手作りだし、用意できる材料の範囲で作るのだから、日本の製薬会社の作り出した某有名製品ほどの効能はないだろう。

 気休め程度でも元気になれる飲み物が作れれば御の字かなという感じだ。

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