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「はぁ……。まーた余計な事考えてる」


 図星をつかれてぎくりとなった私の肩に、陛下が額を埋めてくる。

 気を許した相手に弱さを曝け出すようなその仕草が、また私の心をざわつかせた。


「エミが俺を好きになってくれれば、これでもかってくらい甘やかしてあげるのに」

「……っ」

「はい、そこまでー! 離れて離れて!」


 突然聞こえてきた声に顔を上げると、開け放たれていた窓から白い毛玉がびゅんっと飛び込んできた。

 ふさふさの毛に覆われた子狐のようなこのもふもふこそ、精霊に転生を果たした現在のエミリアちゃんである。


 エミリアちゃんは勢いを落とすことなく、陛下の周りをぐるぐる回った。

 威嚇するようなその行動を受け、陛下は渋々ながら身を引いてくれた。


「……おい、エミリア。なんでそう俺とエミの間を邪魔するんだよ。エミのペットならペットらしくしてろ」

「誰がペットよ! 私は精霊様よ! ちゃんと敬いなさいよね!!」

「はいはい、精霊サマ」

「きいいいっ! なによ、その態度! 微塵も敬意が感じられないわっ。だいたい『なんで邪魔する』ですって!? そんなの決まってるでしょ! 陛下がエミの気持ちを無視して、強引に口説き落とそうとしていたからよ」

「無視なんてしていない。最近のエミは俺をちゃんと意識してくれている」

「意識するのと、恋するのじゃ雲泥の差よ」

「……なんだって?」

「本当は自分だって単なる片思いだと気づいてるくせに」

「……」


 陛下がむっつりした顔で黙り込んだとき、部屋の扉をノックする音がして、王城からの遣いらしき兵士さんが姿を現した。

 エミリアちゃんは目撃される前に、気配を察してスッと姿を消す。

 本来、精霊は人間の前に容易く現れるような存在ではないのだという。

 人間の中には精霊の持つ莫大な力を利用しようとする輩もいるらしく、そういう相手に出くわさないための予防線なのだと教えてもらった。


「ご歓談中恐れ入ります。陛下、オルグレン卿から言伝を預かって参りました。その……一語一句違わずにお伝えするよう命じられているのですが……」

「まったくジスランのやつ……。許可する、申せ」

「はっ! 『陛下、本日は妃殿下と朝食をともにされる代わりに、昼食を摂りながら、すべての書類に目を通されるとおっしゃられましたよね? 私としましても夜更けまで陛下に働いて欲しくはないので、即刻執務室へお戻りください。お戻りになられないのなら、妃殿下に陛下がちゃんと寝ているふりをして明け方まで連日仕事をしていると言いつけますよ』とのことです!」

「……ちっ。次から次へ邪魔が入る……。言伝はわかった。ご苦労だったな。下がれ」

「失礼致します!」


 敬礼をした兵士さんが立ち去るのを待って、私は陛下に詰め寄った。


「ちゃんと寝てるって言ってたのに、だめじゃない! 私のところに来る時間は減らして休んだほうがいいんじゃ――」

「嫌だ」


 最後まで言い終わる前に、食い気味に拒否されてしまった。


「今の話はジスランが大げさに言ってるだけだから」

「でもお昼を食べながら仕事しなくちゃいけないぐらい、忙しいんでしょ?」

「ここ数日の間だけだから。この時期は視察や、式典への参加が多いんだ」


 視察や式典――。

 そういえば、皇后さまが単身で行事に参加されるニュースを何度も見たことがあった。


 これってもしかして、私が王妃としての務めを果たせていないのも、陛下の負担の一因になっているんじゃないかな……。

 私は王妃という立場にありながら、一度も公務に参加したことがない。


 それには色々な理由が絡み合っていて、エミリアちゃんから体をもらったときに、国の道具にされないと約束していたこともあったし、第二の人生を好きなように楽しみたいという私自身の想いもあった。

 社畜時代のトラウマのせいで、『仕事』と名のつくもの全般を恐れたりもしたし。

 そもそも、異世界転生者という私の立場に色々問題があるせいで、陛下からも公務への参加は求められてこなかった。


 でも、陛下とともにエミリアちゃんの抱えていた問題を乗り越え、王妃としてこの世界で生きていくことを決めた今、私の気持ちは変化した。

 マイペースにのんびりしたいという気持ちは変わらないけれど、そのために陛下に無理をさせるなんてことは絶対にしたくない。

 王妃として、私なりに陛下を支えたい。

 国の道具にされるわけではなく、私の意思でそう思っている。


「陛下、私に何か手伝えることないかな? 人前に出ていくことは、異世界人だってバレる可能性があるから無理だとしても、王妃としてなにかできることがあれば協力するよ」


 異世界人の私とこの世界の人々との違いは、魔力の有無だ。

 魔力をまったく持っていないことが知られた途端、私が異世界から来た転生者だということがバレてしまう。

 ただ、私がまったく魔力を持っていないことに気づけるのは、強大な魔力を持つ人だけだと以前陛下が言っていた。


「魔力の強い人にさえ注意すれば人前に出ても構わないよね? 王妃としての立ち振る舞いとか全然わからないから、一から教えてもらう感じにはなっちゃうんだけど……」


 陛下は一瞬目を丸くした後、ふわっと笑った。


「ありがとう。でも、大丈夫。エミにはこの離宮で好きなことをしてのんびり暮らして欲しい。それに、ちょっと気がかりなことがあるんだ。……もしあいつが戻ってくるなら、エミと引き合わせるわけにはいかない」

「あいつ?」

「あ、いや、なんでもない。問題が起こりそうなら改めて話すよ」

「う、うん。わかった。だけど、協力は惜しまないからいつでも言ってね!」

「ほんとエミは……。なんでそういちいちかわいいこと言うかな……。問題が起きたときは、協力するより籠の中に逃げ込んでくれるほうが俺は安心できるんだけど。複雑な心境だ」


 陛下は名残惜しそうにため息を吐いた。


「さすがにそろそろ仕事に戻るよ。せっかく自由を手に入れた精霊サマには、世界周航の旅でも勧めておいてくれ」

「邪魔な私を体よく追い払おうたってそうはいかないわよ!」


 エミリアちゃんが透明になっていた体を元に戻しながら、むっとした声で言い返す。


「邪魔者だって自覚があっただけよかった。――エミ、行ってくる」

「あ、はい、行ってらっしゃい!」


 兵士さんの前だからか、普段どおり威厳のある若き王の顔をした陛下は、私の手をとって挨拶のキスを落とすと、サロンから去っていった。

お読みいただきありがとうございます!

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